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93 ◇因果応報
「あんな素敵な奥さんがいたのにどうしようもないちゃらんぽらんな奥さんの妹と
浮気するなんて、何でそういう酷いことができるのか、私には理解の範疇を越えていて―――
今までよくしてもらっておいて言えた義理じゃないけど、それでもやっぱりそう思ってしまうの。
何でそういう酷いことができるのか、できる男性なのかって。
今まで私の持っていた哲司さんに対するイメージがガラガラと崩れ落ちて
しまってどうしていいか分からないの。ごめんなさい。
私ね、小さい頃からずっと哲司さんのことが好きだった。
ふふっ、知らなかったでしょ。
お嫁さんになれたらどんなに幸せかって思ってた。
でも哲司くんには、他に好きな誰かができてその女性と結婚してしまったでしょ。
それで私もその後、お見合いで秀雄さんと結婚したのよ。
だから、去年哲司くんと再会して月に一度か二度お茶しておしゃべりする時間ができて、
すごくてうれしかった。
それでまた徐々に好きになっていって……。
でも奥さんのいる人を横恋慕なんてする人間になっちゃあいけないって、自制してた。
離婚してるってもっと早くに聞いてたら、どうなっちゃってたんだろう。
自分を抑えられなかったかも。
だから離婚のこと最近になるまで知らなくて良かったって思うわ。
それと……
哲司くんからプロポーズされていなければ、温子さんとの離婚とか、それに
付随する話を聞かされても今ほど苦しむこともなかったのかな、なんて思ってみたり……
いろいろな思いが頭の中をグルグルしちゃって―――。
私、哲司くんの離婚の真相を知ってから今日会うまでの間、ずっと
苦しかった」
「そっか、苦しい想いをさせて悪かったね。ごめんよ。
じゃあ、俺からの結婚の話は忘れてくれればいいから……」
哲司はそう言うしか術がなかった。
「うん。でも結婚を考えてくれたことは、私……ほんとにうれしかったのよ。ありがとう」
「うん」
もうこの後、ふたりには話せる会話もなく、何とか駅前付近までは一緒にいたが
雅代はその辺で書籍を買ってから帰るからと哲司に話し、駅前でふたり、この日の
デートは解散とした。
正直なところ、断られることももしかしたらあるかもしれないと臨んだプロポーズだったものの、
実際問題、雅代からけんもほろろに拒絶され内心哲司はものすごく凹んだ。
そして何より哲司にとって胸が痛く悲しかったのは、この先雅代との細い糸さえ繋いでは
いられないという現実に、だった。
心の支え、生きていく上での支えをなくしてしまい、放心状態で改札口を抜け
ホームへと向かいそして……電車に乗った。
全てのことは因果応報というもの。
人を苦しめた天罰が自分に下ったような心持ちで哲司は帰路についた。
――――― シナリオ風 ―――――
〇公園/木陰の長椅子 続き
◇心情の吐露
雅代(嗚咽をこらえつつも一気に言葉を吐き出す)
「あんな素敵な奥さんがいたのに……どうしようもないちゃらんぽらんな奥さ
んの妹と浮気するなんて……何でそんな酷いことができるのか、私には理解
できないの。
今までの哲司さんへのイメージが……ガラガラと崩れ落ちてしまって……
どうしていいか分からない。
……小さい頃からずっと哲司さんのことが好きだった。
知らなかったでしょ?
お嫁さんになれたらどんなに幸せかって思ってた。
でも哲司くんは別の人を選んで、その人と結婚した。
それで私も……お見合いで秀雄さんと結婚したのよ。
だから、去年再会して……お茶をして話せる時間ができたのが、
すごくうれしかった。
それでまた、徐々に……好きになっていったの。
でも奥さんのいる人を好きになるなんて、絶対にしちゃいけないって、
自制してた。
離婚してるって、もっと早くに知ってたら……自分を抑えられなかったかも
しれない。
だから……最近になるまで知らなくて良かったって思ったわ。
でも……プロポーズされてたから……そのあとで温子さんとの離婚の話を
聞いて、余計に苦しくなったのよ。
哲司くんの離婚の真相を知ってから、今日会うまでの間、ずっと……苦し
かった」
雅代、涙で顔を濡らし、肩を震わせる。
哲司(声を絞り出して)
「……そっか。苦しい思いをさせて悪かった。ごめん。
じゃあ、俺からの結婚の話は忘れてくれればいい……」
雅代(涙声で微笑もうとする)
「……うん。でもね……結婚を考えてくれたことは……
ほんとにうれしかった。ありがとう」
哲司(小さく)「うん……」
遠くで汽笛の音が響く。
〇駅前までの道のり・夕刻
ふたり並んで歩くが、言葉はない。
駅前に近づくと雅代が立ち止まる。
雅代「……このあと、ちょっと書籍を見てから帰るわ」
哲司、頷く。
2人はそこで立ち止まり、軽く会釈を交わす。
人力車の音、雑踏。
ふたりは別々の方向へ歩き出す。
(N)「もしかしたら断られることもあると覚悟していたプロポーズ。
しかし実際に拒まれた時の痛みは、哲司の胸を深く抉った。
何より――この先、雅代との細い糸すら繋いでいられないという
現実に。
人を苦しめた報いが、いま自分に下ったのだと――哲司は電車に揺られ
ながら思った」
汽車の汽笛。
ホームから列車が発車していく音。