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「ここが松井さんが使ってはったデスクで、えーと……金庫は多分一番下の鍵あるとこの引き出しで」
ほのりに言いつつ木下は「ですよね、支店長」と中田に確認をとった。
午後一の騒動の後、瀬古と木下は元々ほのりとの打ち合わせの為に予定を空けていたらしい。
そのまま中田と共に、事務業務の確認を行うことになったのだが。
「小口はここで管理して経理に出してるんですよね?」
「そう。毎月本社から小口用のお金が入るからそこから。足りない分は稟議あげないといけないね」
「交通費って直接本社ですが?」
「そう。ETCは本社で、タクシーやらは小口」
そうですか。と、ほのりが金庫を取り出し中を覗くと無造作に入れられた領収書が何枚も。
(束ねてもないじゃない)
デスクの上には月毎にファイリングされていない請求書の控えだったり、伝票はかろうじて顧客ごとに分けられているけれど、ざっと見た感じ先月の請求書と件数が合わない。
「ヤバイでしょ、何なのこれ」
ほのりは頭を抱えて、ついでに頭痛も感じつつ声を漏らした。
「やー、そうっすよね、ははは……」
「監査がどうのこうのじゃなくって、なんでこんなことなってるの」
とりあえずどんな会話にも参加してくれる木下が曖昧に声を返してくれているけれど。
「……支店長。これ、どうなってるんですか」
ほのりは、掠れた笑い声には反応を見せず、中田へ声をかけた。
「わからないね」
「……わからないねって……支店長がわかんなきゃ誰がわかりますか?」
「松井さんとか、その前の子とか任せとったしな」
「前……って」
競合他社相手に手も足も出なかった関西方面で、新規開拓を進め大阪営業所として拠点を置くのみでは人手が足りなくなり、関西支店と名称を変えたのが三年前。
そう、三年、三年間も。
安定したことがただの一度もない……と聞いての異動だったけれど。
(まあ、こりゃ私でも辞めたくなるわ)
先ほど話を聞いているだけでもゾッとしたけれど、いざ目にしてみれば心の底からそう感じた。
向こうで深くは誰も語ってくれはしなかったけれど、”安定しない”のは人事方面、主に事務員だったよう。
「パートさんや派遣社員、何人も来たけど、ミスだらけの上に引き継ぎとかもせずにな、すぐ辞めるから。……いなくても俺がとりあえず本社に書類は出すし」
「はぁ……」
「それだけでこっちは手一杯だし、過去分の書類とかはよくわからないから適当にファイルして、新しく入った子には時間ないからその辺は触らせてないし」
「何でです」
「吉川さんがいたところみたいに余裕ないって言っただろ。教える暇なんてないんだよね、うちは」
(じゃあ雇わず全部自分でやれよ!!)
と、叫びたい衝動を抑えほのりは人員が定着しない事実を明らかに軽視している中田をじっと見据える。
これが上司か、と落胆の気持ちに負けてなどいられない。