(こいつ……)
原田の言葉が胸にささった。
俺が心の中でごちゃごちゃ考えているのに、こいつはそういうのをとっぱらって、まっすぐ本音をぶつけてくる。
明るくて人のいい笑顔。
だれもが好感をもたざるを得ない笑顔を見て、俺はこいつがすこし怖くなった。
「でも、清水が多田さんのこと「いいな」って思ってないって言って、俺ほっとしたよ。
やっぱお前と多田さんって、男と女でも幼なじみっていう関係なんだな」
言って、原田は心底ほっとしたといったふうに、肩から力を抜く。
そのままジョッキの下にたまっていたビールを飲み干して、うまそうに焼き鳥をほおばった。
俺はなにも言えない。
若菜のことを「いいな」なんて思っていないし、幼なじみという関係なのもそのとおりで、否定する気なんてなかった。
「なー、清水って、多田さんといつから幼なじみなの?
小学生の時?」
「……いや、もっと前。あいつとは生まれた時から家がとなりだし」
「えっ、マジで!?
ちゃんと知らなかったけど、それはマジの幼なじみだな」
この居酒屋に来てからずっと、原田は笑っていてもどこか緊張していた。
でも今は心配事がなくなったからか、ふわっとした笑顔でくつろいでいて、俺のほうは胸が詰まって、うまく笑えているのかわからない。
「……そーだよ。
さっきからお前がずっと言ってるけど、俺らマジの幼なじみだよ」
俺は今29歳。
若菜はあと二週間もすれば、30歳の誕生日を迎える。
特に若菜にはなにも言っていなかったけど、その日は休みをとって、あいつとメシでも食おうかとか、ぼんやり考えていた。
だけど―――。
「あっ、そうそう!
あとひとつ、多田さんのことお前に聞きたかったんだよ!」
原田はまた急になにかを思い出したらしく、俺は次に原田がなにを言うのか、内心ひるんだ。
「なに?」
「多田さん、来月誕生日だよな?
たしかそうだったと思ったんだけど、中学の時だれかに聞いたっきりだから、確信なくてさ。
清水、知ってるなら教えてほしーんだ。
それをチャンスにして、俺……多田さんになにかしたいんだ」
赤くなるほど酔っぱらっているのに、それでもだれかに真剣さを伝えられるなんて、原田はすごい。
こいつが若菜と同じクラスになったのは10年以上も前だ。
その時にだれかに聞いた若菜の誕生日を、正確ではなくてもまだ覚えていて。
ちゃんと確かめて、あいつのためになにかしたいというこいつは純粋で、俺にはまぶしすぎた。
「すごいな、お前」
「えっ……なにがだよ」
「いや……いろいろ。まず記憶力。
よく覚えてたな、あいつ来月誕生日だって」
「あっ、いや……。
情報入手した時は、日にちまで覚えてたんだけど、今は5月ってことだけしかはっきり覚えてなくて。
多田さんの誕生日、15日とかそのへんだった?」
「……お前、マジですごいな。だいたいあってるよ。17日」
「そっか、サンキュー清水!」
原田はにかっと笑った。
昔と同じような屈託のない笑顔を見て、俺は力を抜いて苦笑いをこぼした。
正直言えば、誕生日がいつかなんて言いたくはなかった。
2週間後の若菜の誕生日は、普段の誕生日とは違う。
30歳は俺たちの中で、ある意味では節目で、そんな中ででてきた原田という存在は、俺には予想外の脅威のように見えた。
それから原田とは駅で別れた。
電車に乗り、二駅先の最寄り駅に着くと、電光掲示板の時計がちょうど零時をさしたところだった。
「あー、飲みすぎた」
こんな飲んだのは久々で、頭が痛いし、足元もおぼつかない。
家までは徒歩20分。
もう歩いて帰るのは面倒だけど、もうとっくに終バスは出ているし、めずらしくタクシーもいない。
幸いというべきか、どしゃぶりだった雨は、俺と原田が話している間にあがっていた。
しかたない。歩くかと、腹を決めた時、改札から出てきただれかと目があった。
「あっ」
相手は俺に気づくと、上から下まで俺に視線を走らせ、ため息をついた。
「湊。ちょっと飲みすぎじゃない?
こんな外暗いのに、顔真っ赤だよ。今日仕事じゃなかったの?」
言った若菜は、まるで手のかかる弟に説教するような口ぶりだ。
「仕事だったよ。でも雨で客がいなくて、早あがりしてさ。
それで……今まで原田と飲んでた」
「えっ、原田くんと?」
原田と飲んでいたと言うと、若菜は呆れた顔から親しみをこめた笑顔へと表情をかえる。
「そうだったんだー」
「それで、なんでそっちはこんな遅いの? 飲み会?」
「違うよ。ちょっと仕事が立て込んでて、ムリ言って残らせてもらってさ」
「お前……こんな遅くまで働かねーといけねーのかよ。
メシは食った? 体壊すぞ」
さっきは若菜が顔をしかめていたが、今の話には、俺が顔をしかめる番だった。
最近は若菜の仕事の話を聞いてなかったけど、もしかして、こんな遅くまで仕事で残っている日も多いのか?
「もー、大丈夫だよ。ごはんはコンビニで買って食べた。
いつもこんな遅いわけじゃないよ」
「ならいいけどよ……。あんまムリすんなよ」
「うん……ありがと」
若菜は小さな声で言い、すこし笑った。
俺にこれ以上心配されたくないのと、あと照れ隠しだというのは、顔を見ていたらわかる。
「とりあえず帰るか」
「そーだね」
促して路地を歩きだしたところで、若菜が俺に聞いた。
「原田くんとはなんの話してたの?」
「まぁ……いろいろ。昔の話とか、今の話とか」
「そっか、楽しかった?」
「まぁ……そうかな。飲みすぎた」
「飲みすぎは見ればわかるよ」
呆れたように笑う若菜は、俺たちがどんな話をしているのか想像しているようだった。
楽しかったかと聞かれたら、楽しかった。
でもそれ以上に、あいつからはいろんなものを食らったような気がする。
若菜への思いも、手の内も。
かくさないで伝えてきたあいつに、俺は自分の心を明かせてはいない。
「なぁ、若菜」
「ん?」
「お前、誕生日だれかと約束とかしてんの?」
「え……?してないけど」
若菜は驚いたようにこちらを見た。
かすかな緊張が伝わり、俺は前を向いたまま続ける。
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