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翌日、シンノスケとマークスは再び商船組合を訪れた。
約束の時間よりも早めに来たが、セイラはシンノスケ達よりも先に来ており、ロビーの隅のベンチに俯きながら不安げに座っている。
「おはようございます、シンノスケさん、マークスさん」
声を掛けられて振り向いてみれば、そこに立っていたのはいつもどおりの笑顔のリナ。
その爽やかな笑顔は全てを知っている、いや確信しているかのようだ。
「彼女、2時間も前に来て、あそこに座っているんですよ。余程不安なのでしょうね」
シンノスケも頷く。
「そうでしょうね。突然家族を失って、生活が一変した。今後どうしたらいいのか不安になるのは当然ですよ」
シンノスケの言葉を聞いたリナの笑顔に影が差し、その目がスッと細くなる。
「違いますよ、シンノスケさん。彼女が不安を感じているのは『今後』のことではありませんよ」
「えっ?」
「彼女の不安は『今日』のシンノスケさんの答えです。シンノスケさんに採用して貰えるのか、ケルベロスのクルーになれるのか、です。だから昨日、私は彼女にちょっとだけアドバイスをしたんです」
「アドバイス、ですか?」
首を傾げるシンノスケにリナは勝ち誇ったような表情を見せた。
「はい。シンノスケさんは見た目は恐いけど、話を聞いてくれる人ですよ、って」
「はっ?見た目は恐いけど・・・?」
「実は、昨日彼女をシンノスケさんに会わせる前に少しだけ彼女と話をしたんです。私も受付職員の端くれですから、それなりに人を見る目はあります。そんな私が見た限りでは、彼女は芯は強いですが、どちらかというと、内気で大人しいタイプです。ですので、対シンノスケさん用の秘策をね。彼女、シンノスケさんの船に乗りたくて、一生懸命、必死でお話していました。昨日のシンノスケさんとのお話、彼女にとっては自分の未来を賭けた大勝負だったんでしょうね。まっ、私にはその勝負の行方もお見通しですけどね」
リナの言葉を聞いたシンノスケは苦笑した。
リナに出会ってまだ日も浅いのに、ここまで見透かされている。
確かに優秀な受付職員だ。
「さっ、このまま放っておくと彼女も不安で泣き出しちゃいそうですから、さっさと済ませてしまいましょう」
そう言って歩き出すリナに続くシンノスケ。
「マークス、笑うな」
「・・・・笑ってなどいません」
シンノスケ達はリナに案内されて応接室に入った。
昨日と同じようにセイラの対面に座ったシンノスケが口を開く。
「結論を言う前に最後に確認したいことがあります」
「は、はい」
セイラも真剣な表情だ。
「貴女は自分の両親がまだ生きているかもしれない、そんな思いはありますか?」
シンノスケからの少し残酷な質問に、セイラはじっとシンノスケ見る。
「・・・確かに、私が最後に見た両親の姿は船の穴から吸い出されていくところで、両親の死を直接見たわけではありません。でも、あの状況では両親が助かる可能性はありません。遺体が見つかったわけではないので、両親が生きていると思いたいのも事実ですが、私の父と母はあの時亡くなったことに間違いありません」
宇宙に生きる者の現実を受け止めているセイラを見たシンノスケは頷いた。
そして、セイラの目の前にマネーカードを置いた。
「ある程度まとまった金が入っています。受け取りなさい」
突然のことに困惑するセイラ。
シンノスケからの拒絶を意味しているのではないかと更に不安になる。
シンノスケに促されてカードの残高を確認したセイラは驚きの表情を見せた。
セイラの希望を拒否するにしては額が多すぎる。
そもそも、シンノスケがセイラに金を渡す必要は全くないのだ。
「っつ!・・こんなに!こんなお金、受け取れません!もしも私のお願いを拒否するにしても、私がお金を受け取る理由はありません」
カードを返そうとするセイラにシンノスケは首を振る。
「私の艦に乗りたいならば受け取りなさい。その金で両親の弔いを済ませ、全ての未練を断ち切りなさい。それが私の艦に乗る条件です」
「過去と決別しろ、ということですか?」
「決別ではありません。区切りをつけなさい。貴女の今までの人生や亡くなった両親と決別する必要はありません。でも、私の艦に乗るならば、今までの人生に区切りをつけて覚悟を決めなさい」
シンノスケの言葉を噛み締めるようにセイラは瞳を閉じた。
「分かりました。私は・・・昨日までの私と決別し、カシムラさんの船に、ケルベロスに乗ります」
区切りではなく決別。
その言葉はセイラの決意、そして覚悟の表れだった。
「分かりました。スタアさん、貴女をケルベロスのオペレーター見習いとして採用します。来週までに身の回りの事を済ませて私の所に来なさい」
「はい!よろしくお願いします。それから、今後は私のことはセラとお呼びください。通信を含めた乗船業務時の呼称は簡単なものの方がいいので、学校でも使っていた通称名です」
飛び上がるように気をつけをして深々と頭を下げるセイラ。
その隣でリナは満足げに頷いていた。
来週までとはいえ、セイラには時間が無い。
僅かな期間で両親の弔いを済ませ、船舶学校を正式に退学する手続き、保護施設を退所する手続き、そして、護衛艦で生活するための身の回りの物を揃えなければならないのだ。
それらの手続きに取り掛かるということでセイラは応接室から飛び出して行った。
残されたのはシンノスケとマークス、そしてリナだ。
「シンノスケさん、彼女のことを引き受けていただいてありがとうございます。組合としましても前途ある優秀な彼女の未来を摘んでしまうことは避けたかったものですから」
リナはそう言いながら端末を操作してセイラをケルベロスの乗組員として登録する手続きを済ませてしまう。
そして、セイラの組合登録証を発行してシンノスケに手渡す。
「とりあえず、見習い、所謂研修生としての登録証です。シンノスケさん達のように商船組合が彼女の身分を保証します」
受け取って見てみると、シンノスケやマークスの登録証とは縁取りの色が違う。
シンノスケ達のものは縁取りが黒だが、セイラの登録証は縁取りが赤だ。
聞けば、赤の縁取りは正式な船員資格を持たない、正に見習いの証しだという。
「いつの日か、彼女が規程の乗務期間を乗り越え、シンノスケさんが一人前の船乗りだと認めた時には黒縁の登録証を発行します。それまで、大切に育ててあげてくださいね」
リナは悪戯っぽく笑った。
リナに見送られて組合を出たシンノスケはマークスと共に散歩をしながら歩く。
「セラか・・・。確かに理に適った通称だな。これに比べて俺なんかシンノスケだぞ?いっそのこと俺もシンとでも名乗ってみようかな」
「止めておいた方がいいでしょう」
「何故だ?」
「その通称名はマスターには似合いません」
「おい、ふざけるな。なんならお前のことをマークとかマーとでも呼んでやろうか?」
「お止めください。そのような呼称で呼ばれても私は返事をしませんよ」
「なんだよ、マークでもマーでも、そんなに悪くないと思うぞ?」
「マークはともかく、マーとは、マスターのセンスを疑います。とにかくお断りです」
「そんなにへそを曲げるなよ」
「私は曲げるような臍を持ち合わせてはいません」
軽口を叩きながらのんびりと歩く2人。
セイラを受け入れるに当たって居室は余っているが、毛布等の寝具やその他の日用品が揃っていないことに気付くのはケルベロスに戻ってからのことだった。