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31 ◇今まで通り仲良し
折角温子に会えたのに……勇気を振り絞り会いに行ったというのに……
俺は何の成果もなく、帰ることになった。
だけど、ちゃんと丁寧な謝罪にはならなかったが、自分が謝りたかった気持ちと
別れたくはないという気持ちだけは伝えられた。
それだけでも……満足とまでは到底言えないが、少しだけ気が済んだ。
子供の頃からこうなのだ。
口下手で、周囲が……凛子や娘や義両親が温子に冷たく出て行けと言ったからと
いって、俺が出て行けなんて思うような人間じゃないことぐらい彼女は分かるはず
というのがあって、言葉を噤んでしまった。
勿論、バツの悪さもあったせい。
過去を振り返ってみれば、自分は、人から思い違いをされやすい場面では
いつも同じことの繰り返しをしてきたように思う。
********
そのことに思いが及ぶとふと遠い昔のことが思い出された。
小学生の頃、近所に遊び友達で圭太と茂という同級生がいた。
或る日のこと、圭太が先に遊びに来ていたことがあった。
俺は圭太と一緒に小さな子供用の布団にくるまっていたんだ。
そこへ、茂があとから遊ぼうって誘いに来た。
俺は布団から出て『うん、いいよ』と言って茂も仲間に入れようと
思っていたのに、横に寝転んでた圭太が意地悪なことを言い出した。
『僕ら今遊んでるから、お前とは遊べない』とそんなようなことを
言った。
俺はちっともそんなこと思ってなくて困惑して固まった。
心の中で『茂くん、部屋に入っておいでよ』と言った。
でも声には出さなかった。
茂くんは、俺が遊びたくないなんてちっとも思ってないことを知ってるはずだから
俺の家の中に入って来ると思っていた。
なのに、茂くんはドアを閉めて帰ってしまった。
俺は茂くんを追いかけることもできず、遊べなくなったことが悲しかった。
どうして圭太はそんな意地悪なことを言うんだと、悲しくなったけど
俺は圭太に抗議しなかった。
その日から茂が俺のことを……俺の家に顔を出して誘いにくることは
なくなってしまった。
だけど、外で何度か他の友達もいる時に茂と遊んだりはしていたので
その日のことはすっかり忘れてしまった。
だから、俺は茂と今まで通り仲良しだと思っていたのだ。
―――― シナリオ風 ―――― おまけ ―――――――
〇帰路・哲司の回想
哲司が温子との別れのあと、工場を出て歩き出す。
背筋を丸め、うつむきがち。
歩くテンポは重く、時折立ち止まりながら。
哲司(心の声)
「せっかく会えたのに、何も得られなかった……。
でも……謝りたい気持ちと、離れたくない気持ち。
それだけは伝えられた……」
「満足にはほど遠いが……少しだけ、少しだけ、心が軽くなった気がする」
哲司(心の声)
「子供の頃からこうなんだ。
口下手で、思いはあるのに言葉にできない。
凛子や娘、義両親が温子に冷たく接して『出て行け』と言ったときだって、
俺自身はそんなこと思ったことも、言ったこともなかった。
でも温子には……分かってるはずだって、勝手に思ってた。
……バツの悪さもあった。
けど、それだけじゃない。
俺は昔から、人に誤解されやすい場面で、いつも“沈黙”を選んできた」
(回想シーン:小学生時代)
哲司(N)
小学生の頃、近所の友達に圭太と茂がいた。
ある日、圭太が遊びに来てて、2人で布団にくるまってたんだ。
そこへ茂が「遊ぼう」って来た。
『うん、いいよ』って布団から出ようとした時、
圭太が突然、意地悪なことを言い出した。
『僕ら今遊んでるから、お前とは遊べない』って。
俺はそんなつもりじゃなかった。
心の中じゃ『茂くん、入っておいでよ』って叫んでた。
でも、言えなかった……。
茂は、俺が遊びたくないんだと思ったんだろうな。
そのまま帰っちゃって……
それ以来、うちにはもう来なかった。
時々、外で他の子と一緒に遊ぶことはあったけど、
俺たちはもう……前のような関係じゃなかったんだ。
回想終