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泥水イベントの翌週、学園では他国からの国賓を迎える「春の創立記念夜会」が華々しく開催されようとしていた。
当然、用務員のまことは会場の裏手で、きらびやかな絨毯に迷い込んだ下王国の泥をひたすら雑巾で拭う作業に追われていた。
そして、運命の12時。会場の時計が正午を告げると同時に、世界は容赦なくシャッフルを開始する。
『――警告。第三シャッフルシーケンスを開始します。本日の陣形が決定しました』
エレノア(悪役令嬢)の肉体 ⇒ 中身:王太子ギルバート
マリア(ヒロイン)の肉体 ⇒ 中身:亜香里
ギルバート(王太子)の肉体 ⇒ 中身:本物のマリア
(おいおい、今夜は夜会だぞ!? ダンスパーティー本番にこの陣形はヤバすぎるだろ!)
まことが雑巾を握りしめて冷や汗を流していると、頭の中にシステムログが割り込んできた。
『システム要請:第二ノルマ【本日中に渡辺まことは亜香里の魂と接触し、再び口づけを完了せよ】。未達成の場合、世界線を完全デリートします』
「またキスノルマかよ! 亜香里はどこだ!?」
まことが夜会会場の裏通路を走ると、物陰から「特待生の制服」を着たマリアの肉体(中身亜香里)が、自分の胸元を必死に押さえながら飛び出してきた。
「まことー! 助けて! 今回はヒロインの身体に入っちゃったんだけど、ドレスじゃなくて動きやすいのはいいとして、さっきから王太子のガワ(中身本物のマリア)が『殿下の身体が大きすぎて歩けませんぅ』って泣きながら四つん這いで廊下を這いつくばってるのよ! 早くキスしてこのバグ終わらせて!」
「わかった、こっちだ!」
まことは亜香里(見た目マリア)の手を引き、夜会用の高級ワインが並ぶ薄暗い地下貯蔵庫へと滑り込んだ。
カビとブドウの甘い香りが漂う密室。目の前には、戸惑うように上目遣いで自分を見つめる可憐なマリア(中身亜香里)。
「……二回目だけど、やっぱり緊張するな。いくぞ、亜香里」
「うん……世界の終わりのためだし、仕方ないよね……っ」
少女漫画のように、まことはマリア(中身亜香里)の華奢な腰を引き寄せ、その初々しい唇に静かに唇を重ねた。チリン、と脳内に響くクリア音。
だが、その甘美な瞬間を、最悪の人物が目撃していた。
貯蔵庫の樽の影から、薔薇色の豪華なドレスを着たエレノアの肉体(中身:王太子ギルバート)が、ハンカチを血が出るほど噛み締めながら、嫉妬に狂った目で二人を凝視していたのだ。
ギルバート(中身)は、自分の婚約者であるエレノアの身体に飛ばされた挙句、またしてもあの下町の男が、今度はマリアの身体(中身亜香里)を乱暴に抱き寄せ、熱烈な口づけを交わしている現場を見てしまった。
(おのれ、渡辺まこと……! 前はマリアの身体だった私を泥水で汚し、今度は本物のマリア(と殿下は勘違いしている)の唇を奪うだと!? 貴様は学園の女をすべて手玉に取るつもりか! いや、それ以上に……なぜ私は、あの男が別の女と口づけしている姿を見て、これほどまでに胸が、嫉妬で引き裂かれそうになっているのだ……ッ!?)
ドレスをまとった王太子の精神は、ついに「自分以外の女とキスするまことへの嫉妬」という、完全なるバグの臨界点へと達してしまった。
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