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家に帰り着いてから、お母さんから電話があった。
『合言葉ってなんだったの?』
また女がいるって言ったら心配するかな?
でも…。
『聞かない方がいい?』
「ううん、言っておこうかな?」
『じゃ、聞いておこうかな』
「あのね、合言葉ってね、あれ、健二の女の車のナンバー、27-31」
『え?続いてたの?』
「違うと思う、別の女。友達が偶然見かけたって写真を送ってくれたんだ。もしかしてそうじゃない?って」
『健二君に確かめたの?』
「その意味もあって、合言葉をそのナンバーにしたんだけど、ハッキリ言わないんだよね」
『で、どうするの?』
「まぁいいかと思ってる。そっちは隠してるつもりでもこっちは全部知ってるんだよって圧力をかけてるから」
『別れさせないの?』
「あの合言葉で別れるなら、それでいいし。今は翔太もまだ小さいからいますぐ離婚は言い出さないけど、準備はしとくつもり」
『あらら…』
「…てか、ほんとは出てってって言ったんだけど、そこはスルーされてるんだよね。健二はまさか私が本気で離婚まで考えてるとは思ってないみたい。仕事を始めたこともまだ話してないしね」
『婿と子どもの父親としてはまあ合格点なんだけどね、離婚しかないか…』
「とにかく、しばらく健二のことはほっとく。騒ぎ立てるよりそっちのほうが、怖いでしょ?そのあいだに準備する。浮気の証拠もまだ少ないし」
『綾菜の人生だから、悔いのないようにすればいいと思うよ』
「ありがとう。また迷惑かけると思うけど」
『そのための親なんだよ』
親としては当たり前かもしれないそお母さんのセリフは、とても安心するものでホッとした。
それから少しして、お母さんから写真が届いた。
赤い軽自動車の助手席に乗った健二とその車のナンバー27-31が読み取れた。
実はバイト先のラブホテルに健二がきたことと、そこの部屋にフラッシュメモリーが落ちていたことが書いてあった。
それは、私が電話しても出ずLINEも返事がなかったあの夜のことらしい。
お母さんはあの夜、健二を見かけてわざと、健二の所在を確かめるために、結婚離婚祝いをやろうと私に連絡してきたと書いてあった。
嘘ついててごめんねと最後に書いてあった。
お母さん防犯カメラも作動してたんだ、なんて思った。
その夜、健二に話をした。
お母さんからの写真と、フラッシュメモリーがどこにあったかを説明して、離婚すると宣言した。
翔太のことも考えると、もう少し先にする予定だったけど、と付け足して。
「…で?この写真の説明は?」
私は千夏から送られてきた、薬局の駐車場での写真を二人に見せた。
翔太をお母さんに預けて、喫茶店に健二と写真の女を呼び出した。
向かい合って座る座席にエアコンの風が当たって、寒いくらい。
でも、いまそんなことはどうでもいい。
「あのさ、だから俺、言ったじゃん?後輩に相談されたって」
「男の後輩って言ってましたよね?彼女にプロポーズするとかなんとか…この人、どう見ても女性ですけど?」
感情が昂ると、丁寧な言葉になってしまう私。
「すみません、相談したのは本当です。私のプライベートなことで」
「私には言えないこと?ってか、なんで健二に?」
「…あの、健二さんは会社でも優しくて、話しやすくてだから…」
「けんじさん?関戸さんでもなく、先輩でもなく?ふーん…」
森口美夕、健二の会社の後輩らしい。
今時珍しい、黒髪ストレートロング、ポテっとした唇は女の私から見ても色気を感じる、悔しいけど。
「いや、あの、だから。美夕ちゃんは課長とその、付き合っててそれの相談」
「美夕ちゃんねー、で?課長とは不倫なわけ?その相談って?」
「別れたいけど、課長が別れてくれないって相談…」
ボソボソと話す健二、これは嘘だ。
「違うよね?妊娠したかもしれないから、どうしよう?みたいな相談だよね?課長の子どもなのか健二なのかわからないけどさ、買ってたよね?検査薬!私が知らないとでも思ってた?」
「なんで俺なんだよ、あるわけないだろ?!付き合ってもいないのに」
珍しく強気の健二。
「相談に乗るふりして誘ったんでしょ?あ、どっちから誘ったか?なんてどうでもいいの、この際。二人がそんな関係かどうかを知りたいだけだから」
「だから、そんな関係じゃないって。薬局で買い物しただけじゃん!」
私は黙って、お母さんから送られてきた写真を見せた。
助手席の健二と、赤い軽自動車のナンバー27-31が写っている。
「これ、いつ、どこの写真かわかる?」
「……」
「それと、あのフラッシュメモリーは、すぐそこのラブホテルの403号室に忘れられてたみたいね」
「あれは…やっぱり…」
「そうよ、お母さんよ。あそこでアルバイト始めたの、言ってなかったけど。いや、まさか娘婿がそのホテルに来るなんて思ってもいなかったみたいだけどね」
「その日、慌ててホテルを出たんでしょ?お母さんに気づいたから。お母さんはしっかり写真を撮っておいてくれたけどね」
「……」
健二は、都合が悪くなると黙り込むクセが直らないようだ。
「あのさ、これでも違うって言うの?どうするの?ちゃんと説明しなさいよ!」
「健二さん、もういいじゃないですか?奥さんにハッキリ言ってください、別れて私と結婚するって!」
「いや、美夕ちゃん、ちょっとそれはまだ…」
「はぁ?離婚してその子と結婚する?どうぞ。慰謝料と養育費は出してもらいますからね!」
ぴろろろろろろ🎶
私のスマホが鳴った。
仕事の連絡だ。
「はい、あ、はい、3日の14時?わかりました。いつもの場所ですね?はい、遅れずに行きます」
持っていた手帳に予定を書き込んだ。
私の手元をじっと見ていた健二。
「なんだよ、いまの電話、誰となんの待ち合わせだよ!」
あら?なにか勘違いされてるようだけど、この際、勘違いにのっかるかな。
「クラス会の時にちょっとね、連絡先交換したから…」
わざと思わせぶりな返事をする。
「なんだよ、それ、綾菜だって、そんなことしてるじゃんかっ!」
「そんなことってどんなことよ?」
「男と待ち合わせてるんだろ?誰なんだよそいつ、付き合ってるのかよ!」
勢いよく立ち上がる健二。
さっきまでのオドオドした健二とは別人みたいだ。
「健二さん、ちょうどいいじゃないですか、奥さんも不倫してたのなら慰謝料は払わなくて済みますから」
立ち上がった健二の腕を掴んで座らせる美夕。
「誰なんだよ、相手は!」
そう言うと私のスマホを取り上げようとした健二。
「仕方ないなぁ、ちょっと貸して!」
私は着信履歴を見せる。
「ほら、今の電話、この番号からだからね、かけていいよ」
健二は、すぐに発信した。
「あっ、あの!!…あ、いえ、あ、はい、間違い電話です…」
「どうだった?」
「いや、あの、なんとかスタッフサービスって女の人が出た」
「私の仕事の電話なんだけどね、勝手に男だと思い込んでそんなに怒るってどういうこと?おかしいんですけど?」
私は、あははと声に出して笑って、ゆっくりアイス・オレを飲んだ。
「仕事?いつから?」
「あなたに言う必要ある?私や翔太のことなんて考えもしないで、楽しくやってたんだから」
「……」
「……」
「健二ってさあ、私のことが好きってわけじゃないよね?誰かに取られるかも?って思ったら急に惜しくなったんだよね?そちらの方も、健二がよその夫だから、欲しくなったんじゃないの?課長さんとの話もホントなら、他人のものだから欲しくなるってだけの性格なんじゃない?」
「そんな、違います、私は健二さんが…」
「わかったから、あげるって、こんな男。コイツね、浮気の病気なの、あなたが何人目か私でも把握できてないの、ご愁傷様」
私は伝票を持って立ち上がった。
「そういうわけだから、全員一致で私と健二の離婚は決まり。あとは決め事と手続きだけね、じゃ、帰るから」
「ちょっと待って!ね、翔太のことは?」
「翔太のことはご心配なく、慰謝料と養育費は準備しといてね、森口美夕さん」
「1500円になります、ありがとうございました」
私は振り返らずお店を出た。
鼻の奥がツンとなったけど、ここで泣いてる場合じゃない。
翔太が待つ実家へ向かった。