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そして、午前9時。
病院のロータリー脇で、深澤と目黒は静かにその時を待っていた。深澤は時折スマホをいじりながらも、隣で石像のように固まっている目黒の様子を気にかけている。目黒は、ただ一点、病院の自動ドアだけを凝視していた。その瞳には、後悔と不安と、そしてほんの少しの覚悟が入り混じっている。
同じ頃、病室で最後の身支度を終えた康二は、看護師から退院後の薬についての説明を受けていた。
「このお薬は毎食後で、こっちは眠れない時に飲んでくださいね」
「はい、ありがとうございます。ほんまに、お世話になりました」
丁寧に頭を下げる康二の元に、ポケットのスマホが軽快な通知音を立てた。画面に表示されたのは、『深澤辰哉』の名前。
『外で待ってるー!出てこいよー!』
その陽気なメッセージに、康二の口元がわずかに緩んだ。
(ふっかさんや!)
沈んでいた心に、一筋の光が差したような気がした。すぐに『今行く!』と返信を打ち、頭の中から目黒の存在を無理やり追い出す。今は、迎えに来てくれた優しい兄に会うことだけを考えよう。康二は努めて明るい表情を作り、最後の荷物を持って病室を後にした。
会計を済ませ、自動ドアを抜ける。久しぶりに吸う外の空気は、少しだけひんやりとしていた。
深澤の姿を探して、きょろきょろと辺りを見回す。駐車場の方に、見慣れたシルエットを見つけた。
「ふっかさーん!」
手を振りながら駆け寄る。角を曲がれば、すぐに会える。そのはずだった。
しかし、角を曲がった康二の足は、その場でぴたりと止まった。
そこに立っていたのは、深澤だけではなかった。その隣に、今、世界で一番会いたくない人が、まるで罪人のように俯いて立っていたから。
「…め、め…?」
康二の声が、震えた。なぜ、ここにいるのか。その顔を見た瞬間、昨夜の悪夢が鮮明に蘇り、血の気が引いていくのがわかった。笑顔は凍りつき、手から荷物が滑り落ちそうになる。
目黒が、ゆっくりと顔を上げた。その顔は青白く、目の下には隈がくっきりと刻まれている。そして、康二の知っている優しい瞳は、ただひたすらに、痛いほどの後悔に濡れていた。