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「…め、め…?」
絞り出した声は、自分でも驚くほどか細く、震えていた。なぜ、ここに。その疑問よりも先に、恐怖が全身を支配する。楽屋での怒声、夢の中の冷たい瞳が、目の前の現実の彼と重なった。
康二の体は、本能的に拒絶反応を示した。一歩、また一歩と、無意識に後ずさる。
その動きに反応するように、今まで石のように固まっていた目黒が、逆に一歩、康二へと足を踏み出した。その一歩が、康二の心の壁をさらに厚くする。
やめて。こっちに来んといて。
心の叫びは、声にならない。後ずさる足が、もつれる。
次の瞬間、目黒が俯いていた顔を上げ、早歩きで一気に距離を詰めてきた。その瞳に宿る必死の色に、康二は完全に足を止めてしまう。動けない。まるで蛇に睨まれた蛙のように、その場に縫い付けられてしまった。
目黒が、目の前まで迫る。そして、壊れ物を扱うかのように、しかし力強く、康二を抱きしめようと両腕を広げた。その大きな体が、自分を包み込もうとした、その瞬間。
「来ないでッ!!」
康二の喉から、今まで押し殺していた恐怖が、叫びとなって突き抜けた。
その声は、朝の穏やかな空気の中で、鋭く響き渡った。
ぴたり、と目黒の動きが止まる。その腕は、康二に触れる寸前で、行き場をなくして宙を彷徨っていた。その瞳には、信じられないものを見たかのような、深い絶望と驚きが浮かんでいる。
「はっ…ひゅっ…」
叫んだ反動で、康二の呼吸がわずかに荒くなる。目黒の顔を見ることができない。ただ、拒絶の言葉を放ってしまった唇が、ぶるぶると震えていた。遠くで見ていた深澤が、息を呑むのがわかった。
朝の病院の前、三人の間には、痛々しいほどの静寂が重く、重くのしかかっていた。