テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
番外編
菊葉家の茶飯事
― 朝の攻防、わらび餅の誘惑 ―
京都、東山の朝。屋敷の長い廊下は、梅が昨晩のうちに磨き上げたおかげで、朝日を反射して黒光りしている。その鏡のような床を、フィッシュテールスカートの裾がさらさらと撫でていく。
「……椿。何度言えばわかるんですか。朝食の時間です。いい加減に起きなさい!」
縁側でハーフマントを丸めて芋虫のようになっている椿に向かって、梅の鋭い叱咤が飛ぶ。だが、返ってくるのは「んん……あと三光年……」という、寝ぼけた寝言だけだ。
「ヤバい、椿の寝癖、今日も芸術点高すぎ☆ 桐っち、これ見て。昨日より右側がハネてるよw」
サイドテールを揺らしながら、蓬がスマホのシャッターを切る。その背後、天井の梁から桐が音もなく降り立ち、無表情に一言だけ添えた。
「……諦めろ、梅。……今日の椿は、……昨日の戦いで妖力を使い切ったせいで、……食欲よりも睡眠が勝っている」
「……っ。……桐、あなたも甘やかさないでください! ほら、椿、起きてください! 今日はあなたが楽しみにしていた、銀閣寺の近くの店の『特製わらび餅』があるんですよ!」
その瞬間。
ピクッ、と椿の肩が震えた。
「……わらび……餅……?」
のそり、と椿が身を起こす。鳶色の瞳がうっすらと開き、一瞬だけ紅の光が混ざった。それは戦闘の兆しではなく、純粋な食いしん坊の執念だった。
「……おはよう、梅ちゃん。……わらび餅、きな粉多め?」
「……。……はいはい、多めにしておきましたよ。……もう、食べ物の名前を出さないと起きないんですから、…」
梅は呆れたように溜息をついたが、その口元はわずかに綻んでいた。
一人の命を四人で分かち合う一蓮托生の絆。椿の体調が、今の寝起きの良さ(?)で安定していることを、彼女は解析眼を使わずとも感じ取っていた。
「よーし! 朝ごはんにわらび餅、マジ映えないけど最高じゃん☆ 桐っち、お茶淹れて!」
「……了解だ。……今日は、少し高い茶葉を使う」
四人が並んで食卓を囲む。
紺色に銀の刺繍が入った制服の肩が触れ合い、笑い声が屋敷に響く。
これこそが、彼らが世界を敵に回してでも手に入れたかった、最高に「的確」な平和の形だった。
記録官のあとがき:
一蓮托生によって結ばれた彼らにとって、朝食の匂いや、梅の小言、椿の寝癖……そんな「茶飯事」こそが、何よりの救済になっているようですね。
高級わらび餅…。どんな味だと思いますか?
次なる記録:― 魂の響き、脳内再生の完成形 ―