テラーノベル
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道の脇では白い雪原に点々と柵が並び、その向こうで羊や山岳牛が冬毛を揺らしながら餌を食んでいた。飼い葉桶には秋の終わりに刈り取って干した草がこんもりと盛られ、吐く息が白く煙る中、もふもふの冬毛に覆われた家畜たちがゆっくりと顎を動かしていた。
見渡す限り畑らしい畑はなく、果樹園みたいなものも見当たらなかった。
「……この辺りでは、果物は育たないの?」
ふとリリアンナが窓の外を眺めながら尋ねれば、
「ほとんどは難しいが、特別な果樹なら育つ」
ランディリックが短く答えた。
その声に、御者台からカイルの声が飛んでくる。
「旦那様の庭には、珍しい林檎の木がありますよ。領内でもここだけのものです」
「林檎って……ランディが話してくれたミチュポム?」
リリアンナが軽く首を傾けて問えば、ランディリックが「その通りだよ」と答えてくれて、リリアンナの瞳に嬉しそうな色が点った。
ほんの一瞬、少女の頬が寒さとは違う赤みを帯び、瞳がきらりと揺れる。
「早く……見たいです」
救助してすぐの頃にはほとんど表情のなかったリリアンナのその笑顔に、ランディリックは胸の奥が温かくなるのを感じた。
やがて馬車が緩やかな坂を上る。
その先に石造りの門と、奥に広がる堂々とした屋敷が姿を現した。
門前で停まった馬車を降りたリリアンナは、ランディリックに手を引かれて石造りの門をくぐり、雪を踏みしめて屋敷の玄関へと進む。
帝都エスパハレにある自邸――ウールウォード邸も決して小さな屋敷ではなかったけれど、ここに比べたら小さく見えた。
それに――。
「綺麗……」
ほぅっと白い吐息とともにうっとりと吐き出されたリリアンナの声に、感嘆の色が滲む。全てが雪で白く覆われたライオール邸は、陽光にキラキラ輝いていてなんとも荘厳だった。
馬車の音を聞きつけたんだろう。正面玄関へ出て待っていた執事のセドリックが、リリアンナとランディリックに深く一礼する。五十代半ばの彼は背筋をまっすぐに伸ばし、穏やかな声でふたりを出迎える。
「お帰りなさいませ、旦那様。そして……リリアンナお嬢様」
恭しいその態度に、リリアンナは思わず戸惑いの色を浮かべた。
けれど、すぐ隣でランディリックが静かに頷いてみせたので、小さく息を整え、ぎこちなくスカートの端を摘まんで会釈する。
「……これから、お世話になります」
声はわずかに震えていたが、できる限り礼儀を尽くして口にしたつもりだった。
セドリックは柔らかな微笑を浮かべ、「はい、喜んで」と穏やかに返し、胸に右手を当てて深く頭を垂れる。静かな忠誠を示す礼だった。
その落ち着いた所作に、リリアンナの胸の奥の緊張がほんの少しだけ解けていった。
セドリックによって扉が開かれ、玄関ホールへ足を踏み入れた瞬間、暖かな空気がふわりと一同を包み込む。外気と室内の温度差で、リリアンナの頬がじんわりと緩んだ。
扉の奥、玄関ホールには、すでに左右にきちんと列を揃えた侍女や従僕たちが整列していた。
温かく、そして格式ある歓迎の場に、リリアンナは思わず胸の奥がざわつく。
「お帰りなさいませ、旦那様」
一斉に響く声が、石造りのホールに心地よく反響する。
その光景にリリアンナが圧倒されていると、列の中から年配の女性が一歩前へ進み出た。灰色が混じる栗色の髪をきちんとまとめ、落ち着いた笑みを浮かべている。
「そして……ようこそおいでくださいました、リリアンナお嬢様」
温かく包み込むような声音に、リリアンナは思わずわずかに後ずさりしそうになる。大勢から注がれる視線が、胸の奥をざわつかせた。
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