テラーノベル
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三月。
まだ少しだけ冷たい風が吹く朝だった。
校門の前に咲く桜は、あと少しで花を開こうとしている。
今日は卒業式。
三年生にとって、この中学校で過ごす最後の日だった。
セトは教室の窓から、ぼんやりと空を眺めていた。
特別な日だという実感はある。
けれど、どこか現実味がなかった。
──今日で、先輩はいなくなる。
その事実だけが、胸の中で静かに重くなっていた。
式が終わる。
校舎には「卒業おめでとう」という声があちこちで響き、廊下もいつもより少しだけ賑やかだった。
セトはその中を静かに歩く。
目指すのは、いつもの部室。
もう誰もいないと思っていた。
けれど、扉を開けると。
「お。」
聞き慣れた声がした。
ヴァルだった。
窓際の席に座り、夕日に照らされながら外を眺めている。
「来ると思った。」
そう言って笑う。
セトは少し驚きながら、小さく頭を下げた。
「……こんにちは。」
「卒業式なのに”こんにちは”なんだ。」
ヴァルは苦笑する。
セトも少しだけ困ったように視線を逸らした。
言いたいことはたくさんある。
でも、どれから言えばいいのか分からない。
沈黙が流れる。
その沈黙すら、二人には自然だった。
「セト。」
ヴァルが静かに口を開く。
「一年間、ありがとな。」
その一言で、セトは顔を上げた。
「……。」
「お前とゲーム作るの、楽しかった。」
「放課後も。」
「体育祭も。」
「全部。」
少し照れくさそうに笑う。
「一人だったら、あんなに楽しくなかったと思う。」
セトは何も言えなかった。
胸の奥が熱くなる。
ただ、小さく拳を握る。
「……こちらこそ。」
やっと、それだけ言えた。
「ありがとうございました。」
ヴァルは満足そうに笑う。
「それで十分。」
二人は並んで部室を見渡した。
初めて会った日と同じ景色。
同じ机。
同じ夕日。
違うのは、二人の距離だけだった。
ヴァルは立ち上がり、机へ軽く手を置く。
「ここ、好きだったな。」
「……僕もです。」
その返事に、ヴァルは少し驚いたように振り返る。
「お。」
「初めて聞いた。」
「……。」
セトは少しだけ耳を赤くする。
「……静かなので。」
「落ち着きました。」
ヴァルは笑う。
「俺も。」
しばらくして、時計が帰る時間を知らせる。
ヴァルはリュックを肩へ掛けた。
「そろそろ行くか。」
二人は部室を出る。
階段を降り、昇降口へ向かう。
歩幅は自然と揃っていた。
校門まで来ると、ヴァルは立ち止まる。
「ここまでだな。」
「……はい。」
また沈黙。
でも今度は、少しだけ寂しい沈黙だった。
セトは制服のポケットへ手を入れる。
そこには、毎日持ち歩いているUSBメモリが入っていた。
先輩から託された、大切な約束。
その感触を確かめるように握りしめる。
「……先輩。」
「ん?」
少しだけ顔を上げる。
何度も迷って、ようやく口を開いた。
「ゲーム。」
「完成したら。」
「見せます。」
ヴァルは一瞬だけ目を丸くした。
そして、いつもの笑顔になる。
「もちろん。」
「楽しみにしてる。」
その返事を聞いて、セトは安心したように頷いた。
「……はい。」
ヴァルは自転車へまたがる。
「じゃあな、セト。」
「また会おう。」
ベルが小さく鳴る。
自転車はゆっくりと動き出した。
夕焼けの中を走るその背中を、セトは静かに見送る。
見えなくなるまで。
姿が完全に消えるまで。
ずっと、その場から動かなかった。
ポケットの中のUSBを握りしめながら、心の中で小さく呟く。
──次に会う時は。
少しだけ、成長した自分で。
春風が吹く。
舞い始めた桜の花びらが、一枚だけセトの肩へ落ちた。
それは別れではなく、それぞれの新しい春の始まりだった。
くりね(♡)
#···などなど!!
びーえる中毒民
34
#ある意味ホラー
コメント
1件
ああ、もう…卒業式の切なさと温かさが同時に押し寄せてきたよ…😢💔 最後の部室のシーン、何も言わなくても通じ合ってる二人の距離感がすごく良かった。ヴァルの「来ると思った」って台詞、セトのことちゃんと分かってるんだなって胸が熱くなった。そしてUSBの約束…あれが次に繋がる希望になってて、泣きそうになったけど前を向ける終わり方だった。ゆもちさんの書く静かな別れの温度、本当に好きです🤍