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「見事な一撃だったよ。だが、天晴れ敵討ちとはいかなかったね……」
エンペラーは悠然と、倒れた琉月の下へ歩み寄っていく。
「うぅ……」
琉月は起き上がれない。それもその筈。肋骨は粉砕し、吐血した事から内臓も損傷した筈だ。
同じ鬼の力とはいえ、薊と同じ復元能力は琉月には無い。
「さあ……兄の後を追うといいよ」
止めを刺す気だ。エンペラーは琉月へ向け、ゆっくりと刀を振り上げた。
「やめてぇぇっ!!」
悠莉が悲痛な叫びと共に、琉月の下へ駆け出したが――もう遅かった。
非情にも降り下ろされる刃。吹き上がる血飛沫。
「えっ!?」
――だが、違った。吹き上がった血は、琉月のではない。直前で時雨が割り込んでいたのだ。血の刃を交差させ、満身創痍のその身体でエンペラーの刃を、しっかりと受け止めていた。
「まだ動けたとはね。だが、今更君ごときが来た処で、何が出来ようと?」
これにはエンペラーも意外そうだったが、その通り。今の時雨ではこれが精一杯の足掻きに過ぎなかった。
「ぐっ……」
それでも時雨は動いた。勝てる勝てない、何とかなるといった問題でも無い。
ただ琉月を――愛する人を守りたい。ただそれのみの行動原理が、時雨を突き動かしていた。
「おい悠莉! 何ぼけっとしてやがる! 早く琉月ちゃんを連れて、急いでこの場から離れろ!!」
「えっ? う、うん!」
受け止めたまま、時雨が叫んだ。それを受けて悠莉は、急ぎ琉月を抱え、この場より離れていく。
「ルヅキ、しっかり……」
「うぅ……時雨……さん」
時雨が初めて自分の名を呼んでくれたが、今はそれ処ではない。
一体彼はどうする気なのだろう。その身体でエンペラーと対峙した処で、結果何て目に見えている。
嫌な予感。それは想像に難くない。
「うおぉぉぁぁぁっ!!」
悠莉と琉月が離れたのを見て取った時雨は、力の限りを振り絞って、エンペラーを押し戻した。
「まだ、そんな力が残っていたとはね」
二人の間に距離が出来る。そして時雨は、直ぐに発動した。
“ブラッディ・ジェイル――ハイミスト・リース ~血痕の檻:水蒸輪界霧”
二人の間、辺りを血の霧が瞬時に包み込む。
「……何のつもりかな?」
エンペラーは辺りを見回しながら、その意味を問うた。これではまるで、一対一の対戦構図にしか見えないからだ。
そしてそれはエンペラーにとって、とても心外な事。時雨に自分とまともに闘えるだけの力が、残っているとは思えない。
出来るのは、精々時間稼ぎ――
「テメェを逃がさないようにする為さ。俺に残された力は、次で最後だろうからな」
だが時雨は、はっきりと宣戦布告。時間稼ぎでも足掻きでもない、明確に倒す意図を以て、エンペラーを見据えて――対峙した。
「つまり、アンタはもう終わりって事だ」
その表情には確信めいたものが。だが何処か覚悟を以て。
「ほう……大きく出たね」
エンペラーは含み笑いを洩らしながら、特異能を発動しようとする。
「……なるほど。確かに此処では異能は使えないね」
だが発動出来ない。それはエンペラーとて例外では無かった。
時雨は確信し、勝機を見て取る。
「ククク……カカカカ! 異能の使えないアンタなど、恐るるに足らずってか? コードネーム『時雨』の名に掛けて、アンタを地獄へと送ってやんよ――っ!!」
時雨が啖呵を切った瞬間――
「ぐぅあぁぁぁっ!!」
時雨の身体より、無数の血飛沫が吹き上がった。斬ったのだ。エンペラーの一瞬の抜きにより。
「時雨お兄ちゃん!!」
その状況を、琉月と共に見ているしかない悠莉にも分かった。やはり駄目だ。エンペラーの特異能を封じた処で、何とか為ろう筈も無い。
「異能が使えないなら、刀を使えば済む事。それに、今更こんなネタの割れた技で、この私を何とかしようとはね……」
エンペラーは刀を鞘に納めながら、当然の事実を突き付ける。
その通りだ。技の真意が割れている以上、死海血による胎内吸引も期待出来そうもない。
「……ククク」
だがそれでも、時雨は倒れなかった。
「軽い……軽ぃぜ。こんなんで俺は殺せねぇな」
寧ろ笑っている。
これ以上は失血死しそうな流血の中、それでも時雨は強気だ。だが単なる強がりとは何処か違う。
「全く、君の生命力はゴキブリ以上としか言い様が無いね」
エンペラーも呆れるしかない――が。
「まあ君の異常なしぶとさ、生命力の高さ。その力の根源を考えれば、それも仕方無いか」
エンペラーには分かる。満身創痍な筈の時雨。本来ならとっくに死亡している状態に於いて尚、生きて闘える時雨の根拠を。
「君のしぶとさの秘密は、ずばり死海血にある」
「…………」
時雨のみが持つ、体内を流れる死海血。それこそが、時雨の不死身とも云える生命力の根源だと、エンペラーは指摘した。
「常人の十倍以上もの濃度を誇る死海血。そして流出した血液が、再度精製される速度も通常の十倍以上。これだと簡単には死ねないね」
つまりは――常人の十倍以上の生命力。
「まあ、ゴキブリ以上にしぶといだけであって、薊のような不死でも復元とも違うから、普通に殺せない訳ではない」
エンペラーは柄に手をやる。莫大な生命力を誇るのなら、息絶えるまで斬り刻むのみ。
「分かってんなら、ちまちまと回りくどい事すんじゃねぇよ。俺の命(タマ)ぁ欲しけりゃ、テメェ自身で取りに来いや!」
時雨は少しも恐懦する素振りも見せず、逆にエンペラーを挑発。それは間合いの外から斬るのではなく、直接間合い内へ踏み込んで来いという事。
「…………」
エンペラーは暫し抜きを放たず、考えているようにも見える。
時雨の挑発に乗るか、乗らぬべきか。
「……君の企みは分かっている。私を君の間合い内に入れたいのだろう?」
――図星だった。時雨自身には、エンペラーを間合い外から迎撃する力は残っていない。
有るとすれば――超近接距離からの、相討ち狙いのみ。それとも、他に何か狙いが有るのか。
「それが分かってて逃げるか? こんな死にぞこないの間合いに入るのが、怖いってか? そんなんじゃエンペラーの名が泣くぜ」
時雨はエンペラーを更に挑発。是が非でも、彼には乗って貰わねばならない。
既に覚悟を決めている時雨。
そしてエンペラーは気付いた。
“第二マックスオーバー、レベル『250%』を突破した……だと?”
時雨の生体レベルが、有り得ない程に高まっていく事に。
“死にぞこないの今の彼に、何処にこんな力が? 時雨は精々、第二にやっと到達する程度だった筈……”
それは初めてと云っていいかもしれない、エンペラーが見せた戸惑い。それ程に、今の時雨はエンペラーの理解を――想定を越えていた。
本来の時雨に、此処までの力は無かった。
“いや、違う……”
だが自らの死を直面した事で、有り得ない程に自身を高める事に成功したのだ。
それは本人にも自覚は無い。
“生体レベルを高めるのは魂の強さ。彼は今、自分の命を燃やし尽くして闘おうと――輝こうとしている”
「どうしたよ? さっさとしろや」
思考中のエンペラーに業を煮やした時雨が、発破を掛ける。
「いいだろう……。君の企み、敢えて乗ってあげよう。そう上手く行くとは思えないがね」
これを避ける訳には――乗らない訳にはいかない。エンペラーは刀を抜き放ち、切っ先を水平に向けて構える。この構えから狙うは――繰り出されるは“突き技”。
“乗ってきやがった馬鹿が”
エンペラーの対応に、時雨は含み笑みを浮かべた。
後は――成功するか否か。