テラーノベル
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「しっ――時雨さん!? 何をする気ですか! 馬鹿な事は止めて逃げて!!」
「だっ、駄目だよルヅキ!」
混濁してた意識の戻った琉月が、今まさに決着の間際に気付いて駆け出そうとするが、悠莉に止められる。どちらにせよ、まともに動けないのだから、二人の間に割る事すら出来そうもないのだが。
「時人さん!!」
それでも時雨が、このまま負けると――死ぬと分かって見過ごせない。思わず時雨の表の名で叫ぶ程に。
「…………」
時雨は応えようとしない。
「兄さんに続いて貴方まで……。そんなの嫌よ! 逝かないで!!」
琉月は尚も懇願する。裏としてではなく、表の顔として。時雨を一人の同僚としてではなく、一人の男性としてではだ。
「……大丈夫、俺は死なねぇ。琉月ちゃんを独り置いて、俺は絶対に死ねねぇ! だから心配いらねぇって。俺は……不死身なんだから」
時雨は漸く応えた。力強く、だが決して振り返る事無く。
――それは強がりだった。顔を見てしまうと、決意が鈍るから。
エンペラーを倒す為には、此方も命を捨てる覚悟でいかねばならない。否、捨てる必要が有る。
「時雨ぇぇ!! テメェ何考えてやがる! ここで終わったら、俺との決着はどうする気だ!?」
雫からだ。彼もこのまま逝こうとしている時雨を、見過ごせなかった。やりきれなさから叫んだ。
とはいえ、逃げる道が何処にも無いのは誰もが分かっている。
終結にはどちらかの全滅――それのみ。
「……ったくよ。早々にやられやがって、この役立たずが。どうやらフィニッシュを決めるのは、お前じゃなく俺のようだな」
時雨は琉月らと逆位置に居る磔られた雫へは、その無様さを何時も通りに罵った。
「勝負? 俺の勝ちに決まってんだろ。其処でしっかりと、その意味を見届けとけや!」
「時雨ぇぇぇ!!」
彼等に馴れ合いはいらない。どちらが上か。御互い『コイツだけには負けたくない』――と。だからこそ、あやふやなままでは嫌だ。雫が死に逝くライバルを、有らん限り叫ぶのはその為。逆に時雨は、そのライバルが勝てなかった最強の相手を自分が倒す事で、自分の方が上である事を証明しようとしている。
「……御別れは済んだのかい?」
「何だ、わざわざ待ってたのかよ?」
その最中、エンペラーは敢えて攻撃しなかった。
「待っていた訳ではないけど、君の魂の強さを是非とも試してみたくなってね。どうせなら、御互い真正面からでないとフェアじゃない」
不意を突いた所で意味を為さない。敢えてこの勝負を乗ったからには、正面から受けてこそ意味が有る。
「後悔するぜ? その余裕と甘さ、そして自身の傲りによ!」
「それはどうかな? では、いくよ――」
これ以上の言葉は不要。訪れる決着の刻。
「さあ、来やがれ!!」
時雨が迎撃態勢を取った次の瞬間――
「がっ――は……」
時雨の嗚咽と、それに続く吐血。
見えなかった、感じられなかった――エンペラーの踏み込みが。
信じられない程の速度の、踏み込みからの刺突。エンペラーの刀は、時雨の身体を深々と貫いていた。
腹部から完全に貫通している。どう見ても致命傷だ。
「時人……さん? いやぁぁぁ!!」
その光景を目の当たりにした、琉月の悲痛な絶叫が響き渡る。
時雨には反撃の余地さえ無かった。
「さよなら……時雨」
手応えを感じたエンペラーが終幕を告げる。
「――っ!?」
――が、何処か違和感に気付く。
後は刀を引き抜き、もしくはそのまま内臓を斬り裂いて終わりの筈なのだが、何故か刀を微動だに出来ない事が。
「ク、ククク……。か、掛かったな馬鹿が!」
計算通りとでも言うような、口から血が溢れながらの時雨の含み笑い。
「これは――」
“血固めか!?”
エンペラーもその意図に気付いた。
時雨は刺された瞬間、自らの血液を固める事で、エンペラーの刀を捕らえたのだ。
「もう遅ぇ!!」
その意味にエンペラーが気付いた頃には、時既に遅し。
“この距離なら、外さねぇ――”
時雨は発動しようとしていた。今更柄から手を離し、退いた所で間に合わない。
時雨の最大最強にして、最後の特異能の力を――
“ラスト・ブラッディ・アーク”
――それは時雨の特異能『獄水』に於ける、最上位にして最終技能力。
“何だ? 何をする気だ!?”
エンペラーは危機感を覚えた。この距離から放つとしたら自爆か、もしくは広範囲へ力が拡散する技。
横からか、それとも――。どちらに避けたにせよ、御互い只では済まない事は間違い無い。
「――俺と共に地獄を味わえやぁぁぁ!!」
刹那、放たれた。完全に想定外だった。
「なっ――!!」
それは自爆でも、拡散する力の技でも無い。
横でも下でも真正面からでも無く――“上空”から。
“ブラッディ・レイン――オーバーストラトスフィアー ~血痕の雨――成層圏超重量子砲”
――瞬間、凄まじい衝撃音と共に、これまでで最大となる地響きが起きた。
血界内の両者を、血のように赤い雨が降り注ぐ。
只の雨では無い。死海血と大気中の水分が集結融合した、超高濃度の雨。それを成層圏超より重力落下させたそれは、正に衛星軌道レーザー砲が如く。
「なっ……」
「凄っ……」
血界外へ雨と衝撃の範囲は広がらなかったが、両者を覆う血界内ではとてつもない事が起きているのは、傍目からでも一目瞭然。
「そ、そんな……時人……さん」
「ル、ルヅキ!?」
琉月は全ての力が抜けたようにうなだれ、倒れ込もうとするのを悠莉が支える。
結果がどうなったにせよ、これが只で済む筈が無い。
降り続ける血の雨が示唆するは――“最善”で有りながら、最悪の顛末。
「時雨……。あの馬鹿野郎が……」
雫はその光景に、苦虫を噛み潰すよう呟いた。
“だが、完璧な伏線と戦術だった……”
エンペラーだろうが何だろうが、これにはひとたまりも無いだろう。文字通り時雨は、自らその意味を証明して見せた。雫は敬意を払う以外無い。
――時雨は相討ちを以て、エンペラーを倒した。
それが現状で取り得る、最善の策だったのかは分からない――が、紛れもなくこの闘いを終結へ導いたのは確か。
薊、時雨。被った犠牲は大きかった、大き過ぎた。
「くっ!」
そして自分は、無様に生き延びてしまった。彼等に何と詫びればいいのか。
――降り止む雨と共に、血界が晴れていく。終わったのだ。そしてそれが意味する事は、時雨が力尽きた証しでもある。
狂座対ネオ・ジェネシスの一戦は、狂座側が生き残り三名、犠牲者二名。ネオ・ジェネシス側が全滅という形で幕を閉じた。
勝利の余韻なんてもの等、有ろう筈が無い。何処か釈然としないながらも、これが裏の闘いである事を、誰もが再度痛感させられた。
残ったのはただ――哀しみのみ。
――砂煙も晴れ、中心点が露になっていく。
凄まじい惨状だった。崩壊した大地は真紅に染まり、彼等の原型すらも見出だす事は出来ないだろう。
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