テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
33
Cafe Latteベース隊長
85
#聖女
桜井正宗@オートスキル1巻発売
7,083
#ライトノベル
こはる
806
鳥さんのお肉、おいしかった。
ダリアお姉ちゃんの言う通り、血抜きして、柔らかめに焼いたら、すっごくジューシーだった。
塩はなかったけど、辰美が「竜の炎は遠赤外線ですから」って言ってた。
よくわかんないけど、おいしかったから正解だと思う。
『咀嚼回数が足りないわ。あと五回噛みなさい』
「もぐ……もぐ……ごっくん」
『二回で飲んだわね!?』
「おいしいものは、早く飲み込んだ者の勝ちだよ?」
『誰の教えなの、それは』
「サクラお姉ちゃん」
『でしょうね!!』
ダリアお姉ちゃんは、今日もよく光る。
*
食後、私たちはまた奈落の底を歩き出した。
少し進むと、通路の空気が変わった。
白い霧みたいなのが、ふわーっと足元に溜まってる。
「……なんか、もやもやしてる」
『待ちなさい、エスト』
ダリアお姉ちゃんの声が、スッと真面目になった。
『この霧……魔力の質が違う。精神干渉系の残滓よ。この先、感覚を信じすぎないで』
「せーしんかんしょー?」
『心に、嘘を見せてくる場所ってことよ』
「じゃあ、トンカツの幻とか出る?」
『貴女の心はトンカツでできてるの!?』
「エストちゃん、霧が濃くなってきました。私から離れないでくださいね」
辰美が私の手をきゅっと握ってくれた。
あったかい。火竜だから?手がちょっと熱い。
その時だった。
霧の奥で、こつ、こつ、と足音がした。
「──エスト様」
……その声に、心臓が跳ねた。
霧が、すぅっと割れる。
黒くて長い髪。ツノ。ジーンズ。
ちょっと呆れたみたいに笑う、あの顔。
「サクラお姉ちゃん……!?」
サクラお姉ちゃんが、そこに立っていた。
「よかった、無事だったのね。ずっと探してたのよ」
サクラお姉ちゃんは優しく微笑んで、ゆっくりこっちに歩いてくる。
「サクラさん……!」
辰美の声が震えた。
『……サクラ? この人が、あの子なの?』
ダリアお姉ちゃんの声が、ちょっとだけ湿ってた。
千年ぶりの妹だもんね。
サクラお姉ちゃんは私の前まで来ると、膝を折って、目線を合わせてくれた。
「怖かったでしょう。もう大丈夫。危ないから、お姉ちゃんの後ろに下がってなさい」
「…………」
「お腹も空いたわよね。ほら、これ食べなさい。エスト様の分よ。お姉ちゃんはいいから、全部食べていいよ」
サクラお姉ちゃんが、ふところから干し肉を出して、私に差し出した。
全部、くれた。
「…………」
私は、干し肉とお姉ちゃんの顔を、じーっと見比べた。
『ま、待ちなさい二人とも! 鑑定するから待ちな──』
「──偽物だ」
「はい。偽物ですね。」
「え?」
サクラお姉ちゃんの声が響いた。
『早いのよ!! まだ「な」まで!! 「な」までしか言ってないわよ!!』
ダリアお姉ちゃんが悲鳴みたいに光った。
『鑑定! 鑑定くらいさせなさい! 私、貴女たちの言うサクラの顔も声も知らないの! 千年前は赤ん坊だったのよ!? 判定材料が何もないの!!』
「大丈夫。材料ならあるよ」
『あるの!?』
「だって、お肉くれたもん」
「はい。あり得ないです」
辰美もうなずいた。
『理由それ!?』
「お姉ちゃんはね、私の分のお肉も食べるの。『育ち盛りは私よ』って言って」
『育ってるのは何!?』
「あと『危ないから下がってなさい』も言わない。お姉ちゃんは『危ないから前見てきて?』って、さりげなく前衛にする」
『妹を盾に!?』
「うん。でも愛だよ?」
『愛の定義が壊れてる!!』
偽物のお姉ちゃんは、困ったみたいに首を傾げた。
「エスト様……何を言ってるの。私はあなたのお姉ちゃんよ。心配なの。拾い食いはしてない? 知らないものを口に入れちゃだめよ」
「あ、それはお姉ちゃんも言う」
「そ、そうでしょう?」
偽物のお姉ちゃんの顔が、ぱぁっと明るくなった。
「『拾い食いは自己責任』って。で、そのあと『落ちてるお金は私のもの』って続くの」
「…………」
「続かないなら、偽物」
『前半だけ合ってたのが逆に不気味よ!!』
その時、ずっと黙ってた辰美が、すっと一歩前に出た。
「……私からも、よろしいですか」
辰美の目が、細くなってた。
竜の目だ。
「あなた、先ほどから私の真横に立っていますよね」
「え? ええ……」
「──なのに、一度も私を蹴ってない」
「…………」
『どういう基準!?』
「本物のサクラさんなら、私がこの位置にいたら『邪魔』って蹴ります。なのにあなたは、私を丁寧に避けて歩いた」
辰美は、静かに首を振った。
「そんな優しい歩き方をする方を……私は、存じ上げません」
『判定基準が完全に情緒破綻してるのだけど!?』
「あ、それわかる! お姉ちゃん、辰美のこと基本蹴るよね」
「はい。あの太ももにくる鈍痛……」
「痛みの感想はいいのよ!?」
ダリアお姉ちゃんの声が裏返った。
『ま、待ちなさい。整理するわ。……つまり貴女たちは、「優しい」ことを根拠に、目の前のサクラを偽物だと?』
「「うん/はい」」
『……鑑定魔法、いらないじゃない。私の千年、いらないじゃない……』
*
偽物のお姉ちゃんは、まだ諦めてなかった。
「ま、待って。何かの誤解よ。私は本物のサクラ。ほら、思い出して? 一緒に焼肉したでしょう? お姉ちゃん、エスト様にたくさんお肉を焼いてあげて……」
「焼いてくれたのは私。食べたのはお姉ちゃん」
「じ、じゃあ、スパーリングで優しく手加減して……」
「一発、アゴにもらって気絶した」
「アゴ……?」
「うん。それでお姉ちゃんのレベルが上がったってお酒飲みながらゲラゲラ笑ってた。私はその日から三日引き籠った。」
『妹を殴ってレベル上げ!?』
ダリアお姉ちゃんの光が、ちかちかと乱れ始めた。
『待って……待ちなさい……千年前のあの子は……指をしゃぶって、ミルクを欲しがるだけの、純真無垢な赤ん坊だったのよ……?』
「今はね、筋肉が量子もつれで光るんだよ!」
『量子もつれ!?』
「マッスール大学のマッチョ・シュレディンガー教授の理論なんだって」
『存在しない大学と教授よ、それ!!』
「あと光合成できるし、たまに鉱物になります」
辰美が真顔で補足した。
『それは前も聞いたし処理を拒否したはずよ!!』
「野イチゴがきっかけらしいです」
『きっかけで光合成に目覚めるな!! 人体の設計を守りなさい!!』
ダリアお姉ちゃんが、ぐわんぐわん明滅してる。
千年分の妹の思い出が、音を立てて崩れてるみたい。
『私の……私の待っていた妹は……どこ……』
「ここにいるわ! 私が本物のサクラよ!」
偽物のお姉ちゃんが叫んだ。
「エスト様、目を覚まして。お姉ちゃんは、あなたを傷つけるようなことは絶対にしない。あなたたちを、傷つけたくないの」
……とっても、いいことを言った。
優しい顔で。優しい声で。
だから私は、首を横に振った。
「お姉ちゃんは、そういうこと、言わない」
「……っ」
「そういう時はね、照れて、ツノがピンクになって、『知らん!』って背中向けるの。それか、殴るか、寝たふりする」
「な……」
「素直に言えちゃうのが、偽物の証拠」
偽物のお姉ちゃんの輪郭が、霧みたいに揺らいだ。
「そ、そんな……私は、あなたの記憶から、理想のお姉ちゃんを完璧に再現したのに……」
『記憶投影型の精神干渉体……! やはり幻影の魔物ね!』
ダリアお姉ちゃんが叫ぶ。
「記憶は、合ってるよ」
私は言った。
「でも、私の記憶の中のサクラお姉ちゃんが、あなたには理不尽すぎて、信じられなかったんでしょ? だから、勝手に優しく直したんでしょ?」
「……だ、だって」
偽物のお姉ちゃんの声が、震えた。
「妹の分の飯を奪って、妹を盾にして、竜を武器にして、拾った金で肉まんを買う……そんな理不尽な女が、本物のはずが……」
──あ。
「今の、ダメ」
「え?」
「『はずがない』って、諦めた。サクラお姉ちゃんは、絶対にそれを言わない」
私は、胸を張って言った。
「サクラお姉ちゃんはね──『はず』は、あとで自分で作るの。ノリで突っ込んで、あとで全部『正解だったわ』って世界の方を変えるの」
「…………」
「正しさで止まった時点で、あなたはサクラお姉ちゃんじゃない」
偽物のお姉ちゃんは、がくりと膝をついた。
輪郭がどんどん薄くなって、その下から、黒いもやもやした本体が透けて見え始める。
『グ……ガ……解析不能……解析不能……』
あ、声も戻った。魔物の声だ。
『理不尽ヲ……再現デキナイ……正シサデハ……アノ女ニ……届カナイ……』
「魔物にすら本質を見抜かれてるサクラさん、素敵……」
「辰美、今のは褒めてないと思う」
『……信ジラレヌ』
黒いもやもやが、低く唸った。
『我ハ、千年……コノ霧デ、獲物ノ「一番会イタイ者」ニ化ケ、心ヲ開カセ、精神ゴト喰ラッテキタ……』
『誰モ、見破レナカッタ。母ニ化ケレバ、子ハ泣イテ抱キツイタ。恋人ニ化ケレバ、戦士ハ剣ヲ捨テタ』
『ナノニ……貴様ラハ、ナンダ』
もやもやが、ぶるぶる震えてる。
『「肉ヲクレタカラ偽物」……「蹴ラレナカッタカラ偽物」……千年デ、初メテダ……こんな見破ラレ方……』
「魔物さんの千年の実績が、サクラお姉ちゃんに壊された……」
「誇らしいですね」
「辰美は黙ってて」
でも、魔物は消えなかった。
黒いもやもやが、逆にぶわっと膨らんで、霧全体が渦を巻き始めた。
『ナラバ……記憶ゴト、喰ラウ……』
『偽物ガ本物ニナル方法ハ……本物ノ記憶ヲ持ツ者ヲ、消スコト……』
「開き直った!?」
霧が、私たちを囲むように、ぐるりと壁になった。
もう、逃げ道はない。
『エスト、下がりなさい! 来るわよ!!』
(つづく)
──【今週のサクラ語録】──
『知らん!』
解説:
サクラが照れると、ツノがピンクになって「知らん!」と背を向ける。
言葉は拒絶なのに、背中は絶対に逃げない。
その場に留まったまま「知らん」と言う。
エストはそれを、ちゃんと知っている。
「知らん」は、”そばにいる”の別の言い方だと。
──だから偽物には、絶対に出せなかった。
コメント
1件
ああっ、もうこのエピソード最高すぎた!!😭💕 偽物の見破り方が「肉をくれたから」「蹴られなかったから」って、エストと辰美の基準が完全にサクラお姉ちゃんの理不尽さを起点にしてて笑ったwww でも最後の「『知らん』はそばにいるの別の言い方」ってサクラ語録、胸熱すぎる…! 理想のお姉ちゃんより、理不尽だけど本物のサクラを選ぶエストの強さ、めっちゃ好きです。続きが気になる〜!!🌸