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小野麗尾 守の到着から遡る事10分前
<三地 池流視点>
「ゼェッゼエッ」
咽ながら三地 池流は身を起こす。
全身の痛みは今までの人生で感じた事が無いほどで、骨など何本折れたかもう自覚できないが、
それでも背後にいるであろう大切な人を守るため、彼は倒れたままではいられなかった。
「おやおや、騎士はおろか、戦士ですらない民草風情がしつこいですねぇ」
そんな時代錯誤な事をほざくクソヤロウに一発ぶち込んでやるために前に出ようとするが、そいつが持っている本が独りでに開くと、横の空間から腕が出てきて身体を抑えられ、鞘を付けたままのソイツの剣で殴られる。
「もう、もう止めてください!私の生徒をこれ以上傷つけないで!?」
そう叫びながら文章ちゃんが俺の前に飛び出した。下がるんだ、文章ちゃん。そいつは只のイカレ野郎だ。
<文章 読子視点>
ここに攫われてから私を庇い続けてくれた三地君だが、もう見ていられない。
「もう、もう止めてください!私の生徒をこれ以上傷つけないで!?」
「おや、お嬢さん。自分を守る男の傍を離れてよろしいのですか?ここは戦場で貴方は只の無力な女ですよ?」
「確かに私は只の女です。特別な力とか何もありません。ですが!ですが私は教師です!教師なんです!
教え子の背中に隠れるのではなく、教え子に背中を見せるのが私の役目何です!」
「ほう……役目。役目に殉じる事が貴女の務めであると?」
「勤めではありません。そうありたい、そうでありたいと望んでいるだけです」
その時、部屋の入口の方から大勢のモンスターが雪崩れ込んできましたが、私は目を背けずに三地君を庇い続けた。
「フハハハハハハ!!!!!素晴らしい!!!、まさか我が祖国から遠く離れたこの様な東の果ての島国にて、彼女の器にふさわしい素体が見つかるとは!!!これぞまさに悪魔の導きと言う物!おお、ジャンヌ、我らが聖処女!貴方を神の手から取り戻し、貴方が再びこの世に生を受ける日がようやく訪れたのです!!!」
そう叫び、手に持った本を開くと、
「来たれ、ソウルイーター!かの器の魂を取り除き、聖処女を迎える素体にするのです!」
次の瞬間、目の前の男の人の頭が矢で射抜かれ、さらには瞬く間に矢が柱の様に彼に降り注いだ。
「大丈夫ですか、文章先生」
近づいてきたモンスターから聞き憶えのある誰かの声が聞こえて、私は気を失った。
そして目が覚めたら、私は校庭に立っていて、周りには私に向かって跪き、祈りを捧げている人たちがいた。
誰か助けて。
<小野麗尾 守視点>
蚊柱ならぬ矢柱のど真ん中に叩き込まれたクソヤロウの生体反応を注視していたが、アイツはどうやらまだ生きているようだ。
上等だ。普通に死なないなら火之迦具土神(カミゴロシ)の加護込みで八つ裂きにしてくれる……!?
追加のMP補給要請を出しながら仕留める算段と立てていると、憶えのある感覚が。
この期に及んで何か召喚してくるか……!?
ヤツのいる場所を中心に大きな魔方陣が展開して、高さ3メートル位のドデカイ猪が飛び出してきた。
「長槍勢、展開準備!!」
黄泉戦人への掛け声と共に背負っていたバックパックのレバーを倒し、仕掛けを動かす。
バックパック側面からマジックハンドの要領で柵が飛び出し、長槍勢が張り付き、馬防柵的なサムシングを形成する。その後ろには弓持ちが並び、矢をつがえ始める。
中央に位置する俺はハルバードの切っ先を猪の眉間に向けて石突きの部分を踏み込むと、脚部のパイルバンカーを起動して固定する。猪は俺に向かって真直ぐ突撃してきており、その上ではあの畜生が高笑いしていた。
衝突までおよそ3.2.1……
自動車に撥ねられる位の衝撃があるかと思ったんだが、そんな事は無かった。
”受けた衝撃を地面に受け流せるように”すると言う無茶ぶりにドワーフ達は完璧に応えてくれたようだ。
ボーナスは弾まないとなぁ……
額にハルバードが突き刺さった状態で大猪が暴れまわる。
パイルバンカーを解除して、大爪を展開して最後のギミックを起動する。
赤の大爪がMPの供給を受けて一回り大きく見える。
スキル:斬爪を発動した大爪で下から昇竜拳の要領で大猪の首を抉り裂き、そのまま残った胴体を踏み台にして騎士モドキの胴体を横凪に鎧ごと断ち切る。
……作らせておいてなんだが、エグいな、これ……
黄泉大毘売命を呼んで、首だけでも地獄行の直通便に乗せようとした所、
「まだだ!まだ終わりではない!!!」
首から触手を生やして、触手で身体を作り、羽の生えたデーモンを呼び、部屋の天井にゲートを作り、外に逃げ出そうとするクソヤロウ。
弓勢に射撃を命じようとした所、黄泉大毘売命から、
「アンタ、私と姉様の事を信じてくれる?」
「旦那様、もし信じて頂けるのであれば、私達に御命じください」
「「私達は、何があろうと今度こそ捕まえて」」見せます」やるわ」
「……MP、ありったけ使ってくれ。黄泉大毘売命に命じる。あの男を捕え、我が前に連れてこい!!!」
「「……はい!!!!」」
「遥かな昔、神話の時代、私は忘れていない、あの日の過ちを」
「我らが母にして大神より賜りし命は恥辱与えしかの大神の捕縛、滞りなき事」
「「されど我等、大命果たす事能わず」」
「私は只の餓鬼が如き者。筍裂いてブドウを齧り」
「私は卑しき者なりて。桃の輝きこの身を焼いて」
「一飛び千里と謳われど、踏み出さざれば意味は無く」
「最も醜なる力持てど、振るわざれば無力に等しく」
「「それでも貴方が信じてくれるのならば」」
「濯ぎましょう、あの日の過ちを」
「葡萄も桃も筍も、私達を止められる物はもうありません」
「私達を満たす貴方が願い、此度こそは必ずや」
「「神話改演:黄泉平坂追神之事」」
彼女達が最後にそう宣言すると、地面が割れて、地の底から螺旋の坂がせり上がり、ゲートを超えて尚伸びて地上に突き出る事およそ10km。その中程にデーモンが着陸していた。
背中に乗った騎士モドキが飛べだの何だの喚いているが、デーモンは只立ち止まっていた。
坂の下から黄泉大毘売命が走って上り始めて慌ててデーモンも動き始めたが、飛ぶ様子はなく、疲れた感じでえっちらおっちら上に向かって走って(?)いるように見える。騎士モドキが本を開いて妨害の為のモンスターを呼んだようだが、ペシッと叩かれては坂の下の穴の中に落されて行っていた。
そんな事を5回も繰り返した頃には力尽きたのか何もできずに棒立ちになっていた所を捕まって、俺の前に引きずり出されたのだが、
その時に曇天の空から一筋の光が差し込み、俺の前に降り注いできた。
……何事か!?
明らかな異常事態に全員が警戒する中、天から光に沿って天使が舞い降りてきて曰く、
「人の子、いえ、黄泉大王(ヨモツオオキミ)よ。その男の処断に関して話をさせて頂けませんか?」
「黄泉大王(ヨモツオオキミ)とは一体……!? 私は小野麗尾 守です。貴方は誰でしょうか?」
「黄泉大毘売命と命運を共にされる事を三千世界に宣言され、黄泉津大神様にそれを認められた方をそれ以外にどうお呼びすれば良いと?私はガブリエルです」
さらっととんでもない事を言われてしまった&とんでもない大物様のご来臨が……
「それで、神のメッセンジャーさんは今日は何の御用で?」
「今あなたがそちらの地獄に落そうとしているその男、ジル・ド・レなのですが、魂の管轄の都合上、死後の魂はこちらに引き渡してほしいのです」
「ふーん。で、引き渡したら暫くしてまたどこかのダンジョンのボスになって出てくるの?」
「いえ、この様な事は二度と起こさせません。具体的にはルシファーガムの新フレーバーとして提供する予定です。」
何でそれで二度と出てこない事になるのかさっぱりだが。
「それで出てこない&罰になるならそれでいいけど。で、それはそれとして今回の一件はこれで終わりにする積もりかな?」
「いえ、神は言っていました。今回の被害者に対して救済と、貴方に福音を齎すべし、と」
救済は良いんだが、福音とは……?
「具体的にはジル・ド・レのドロップ確率の大幅確変及び取得条件の緩和です」
「もっと言うと彼への罰も兼ねてジャンヌ・ダルクのソウルカードが出ます」
ぶっちゃけすぎじゃないですかねぇ……
「こちらの界隈ですと、貴方様への信頼は非常に高いのですよ。正直に申し上げて、貴方がキリスト教徒であれば取得条件の緩和が必要ありませんでしたから」
信頼度ってーか条件低すぎませんかねぇ……
「ウチの教圏内の非姦淫罪適用信者割合が……」
アッチはハードル低いって聞くけどねぇ……
「こちらの皆様はその点、モラルが高いと申しますか」
浮気とか無い訳でもないんですけどね。
「こちらに比べれば全然ですよ」
いえいえ、
そんなそんな……
現実逃避がてら日本的な遣り取りをしていたが、視界の端には微妙にむくれた黄泉大毘売命達が。
「お疲れ様、蛭子ちゃん、淡島ちゃん 今日は頑張ってくれてありがとう」
「いえ、大したことは……」
「そうよねー、そんな事よりそっちの話の方が大事なんじゃないの?」
この後、無茶苦茶説得した。今日一番の難題だった事は言うまでもない。
「あの、そろそろ主命による被害者の救済を行いたいのですが……」
所在なさげに佇んでいたガブリエルさんに非礼を詫びつつ、どうぞどうぞと言うと、
「それでは現世における奇跡の代行の為に、そちらの女性の身体を一時御借り致します」
等と供述し、
「ラファエル!許可を頂きました!速やかに救済の奇跡を!」
許可って俺の?それと文章先生の身体を借りるって……
疑問に思う直後に天から文章先生の身体に向かって光が差して、光の塊が降りてきたと思ったら。
何という事でしょう。
そこには頭の上に光輪を冠し、背中に光の翼を広げてアルカイックスマイルを湛えた聖☆文章先生の姿が!!!???
先生が天に向かって手を伸ばすと、手から無数の光の球体が生まれて、救助者に向かって飛んで行ったかと思うと
その人たちの体に吸い込まれ、次の瞬間、身体が発光して、光が収まると傷一つない綺麗な身体になっていた。
気が付くと、俺を始め、その場に居合わせた全ての人が彼女に向かって手を合わせて跪いており、先生の、
「何で目が覚めたら私拝まれているんですか!!!???誰か説明してください―――!!!!!」
と言う悲鳴が響き渡るまで、厳かな礼拝の時は続いていた。
神話改演:黄泉平坂追神之事
黄泉大毘売命固有かつ限定のスキル
通常の神は神話再演として自身の神話の一部を再現するが、
神話改演はその神の神話を都合の良い様に改変して展開する。
神話改演:黄泉平坂追神之事は黄泉醜女が伊邪那岐の捕獲に失敗した逸話を、全ての妨害要因を無効化した扱いで再演される神話である。このスキルを使われた敵対者は黄泉平坂を上り切り、2千人力分の力が無ければ動かせない大岩で道を塞がねばここから逃げ出せず、一足一里(約3.9 km)で追いかけてくる黄泉大毘売命に捕まった場合、抵抗不可能で問答無用で完全に無力化された状態で、使役者の前に引きずり出される。なお、大神でさえ走って駆け上がった黄泉平坂を羽が生えている程度で飛べるはずもなく、モンスターは飛ばなかったのではなく”飛べなかった”のが正しい。また、再演とはいえここで展開された黄泉平坂が黄泉の国の一部であることは間違いないので属性:黄泉を持たない存在に常時デバフが掛かり、命ある者に対しては特効レベルのスキルでもある。こうかはばつぎゅんだ!
スキル発動時の敵対者と出口の距離は残り寿命で決まり、寿命が残っている程距離が短くなるが、寿命を持たない存在は間を取って中間地点ど真ん中からのスタートになる。
(作中世界での非公開情報)
ジャンヌ・ダルクのソウルの出現条件
1.ジル・ド・レの完全撃破
2.キリスト教徒である事(カトリックならピックアップ率追加上昇)
3,姦淫していない事(童貞であればピックアップ率+100%)
4.ジャンヌ・ダルクを不幸にしない人格者である事
以上、4つが全て満たされている事でジル・ド・レのドロップテーブルに出現する。
ジル・ド・レはフランスを中心としたヨーロッパで度々スタンピードを引き起こし、ダンジョンに捕えられていた外国人はその時の被害者。
ジャンヌ・ダルクの信捧者であり国と神の忠実な僕であったジル・ド・レは彼女の死によりSAN値チェック100D100に当然失敗し、原因を己と祖国と神の怠慢であると思い込み、以降、悪魔との契約によりジャンヌ・ダルクを蘇らせることに妄執を極め、その為の供物として、史実では少年への加虐殺害を繰り返し、作中世界でダンジョンのボスとなった後は更なる供物を求めたが、故国フランスの貞操観念はお察しのレベルであり、あまりの不作ぶりに改めて祖国への失望を深めつつ、新たなる狩場を求めて日本に進出。
初回から豊作であり、念願の聖女の素体候補まで見出した彼のヘブン状態と野望はその直後に完膚なきまでに叩き潰される。
ガブリエルが言っていたジル・ド・レへの罰は、この後契約して呼び出されるであろうジャンヌ・ダルクの様子を彼に見せる事であり、
この時の某L閣下曰く、
「絶望の血涙と魂の壊れ具合が程良いアクセントであり、近年稀にみる傑作フレーバーである」
との事。
お気に入りのフレーバーを閣下が手放すはずもなく、以降の出番はおそらく無い。
なお、作中フランス人がジャンヌ・ダルクのソウルを手に入れる事が出来なかったのは、
条件3を満たす者がジル・ド・レが国に見切りをつけるレベルで居なかった事と、
奇跡的に3を満たしても4まで満たせる冒険者がいなかったため。
なお、この作品世界における国と国民性は作者の偏見に満ちた痴見であり、
現実のそれとはきっと……おそらく……多分……もしかしたら……多少は……違う筈ですのでご注意を。