テラーノベル
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目が覚めて最初にするのは、耳を澄ますことだ。
けれど、世界はいつだって静まり返っている。カーテンの隙間から差し込む光も、隣の部屋で眠る埃も、音を持たない。
僕はベッドから起き上がり、枕元に置いた古いポータブルカセットプレーヤーに手を伸ばす。指先で「再生」のボタンを探り当てる。カチッ、という小さな感触だけが、僕の指に伝わった。
イヤホンから流れてきたのは、微かなヒスノイズ。そして、雨の音。
録音された三年前の、ある午後の雨音だ。
『……あ、回った?』
不意に、弾んだ声が鼓膜を震わせる。
僕の胸の奥が、ぎゅっと締め付けられた。
『ねえ、聴こえる? 明日の待ち合わせ、10分だけ遅れそう。ごめんね。あ、これ留守電か。ええと、大好きだよ。また明日』
プツッ、という音と共に、世界は再び無音に沈む。
彼女の声は、もうこのテープの中にしか存在しない。
僕は声を出そうとして、喉を震わせる。
けれど、そこからは空気の抜けるような音さえ漏れなかった。
あの日、僕から「音」を奪ったのは、皮肉にも僕が愛した「音楽」が響くはずの、雨の交差点だった。