テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
暗いリンク。そこで司はひたすらに円を描いていた。
コンパルソリー。
氷の上で決められた図形を正しく描く技。
「それ、いつまでやってるの?」
ふと、声がして、さらに夜が深くなる。
「コーチ! 来たんですか!」
「滑りたくなったら来る。いつものことだよ」
司のコーチ。フィギュアの神様みたいな男。生まれてから金メダルしか取ったことのない男は、20歳で眩しい氷の上を離れた。しかし、その神様の気まぐれで20歳から本格的に氷の上に載った司に、何枚もの金メダルを取らせた──その中には、五輪が刻まれたメダルもある。
夜鷹が、リンクの上に円を描く。歪みのない正円。何度見ても、美しい。
司は、その軌跡をぴったりと追った。氷に正円が刻まれる。
「考え事をする時は、これが落ち着くんです……貴方に会う前から」
氷の上に正しい円を描くこと。それは、正しさの自信になった。20歳で夜鷹に出会うまで、司はずっとひとりでスケートをやってきた。全くの独学。何が間違っていて、何が正しいことなのかわからない。それでも、テレビでかつて見た夜鷹純のスケートは絶対的に正しかった。彼のようになりたかった。
「円を描くだけなら、自分でも正誤の判定がつきました。歪んだら、正しい円が描けるように修正して……自分は正しいって信じたかった」
司はまた円を描く。夜鷹がその外側に大きな円を描く。
「普通の人間は、自分が正しい円を描けているかなんてわからない」
「俺の、歪んでます?」
「ううん。歪んでないよ」
正円を描ける。それは、司と夜鷹に共通する卓越した空間認識能力が可能にする。プロのスケーターならともかく、独学の司が、夜鷹に会う前から、カメラにも頼らず、自ら正円を描けるというのは驚異的なことだった。
リンクの状況や、自分の肉体の変化でも、円は歪む。その日の温度、湿度、リンクによってちがう氷の固さ、その日の体重や体調、すべてが変動する氷の上で、昨日と同じ滑り方では円は歪む。それを常に正しい円になるようにたったひとりで修正し描いてきた司は、どのリンクでも美しい滑りができる。
円を描きながら、司は口を開く。
「明日の曲かけのプログラム、貴方は4回転アクセルをいれなかった」
ブレードが氷を削る音。
「俺はもう跳べないからですか」
「必要ないからいれなかった。それだけ」
「そんな訳ないでしょう!」
夜鷹のプログラムは、神様のスケートだ。人間が滑れるようなものじゃない。4回転最高難易度のアクセルだって、時には複数入っていた。そして、司の首に五輪の刻まれた金メダルをかけさせたのも、そのジャンプだった。
「曲かけで転んだら、俺はスケートをやめる。大会で金以外をとっても、貴方はコーチをやめる──そういう、約束でしたよね」
夜鷹は、氷の上以外で生きられない。夜のリンクに現れては、呼吸のように滑る。現役を引退したのに、未だに4回転を軽々と飛び、バックフリップだって決めてみせる。神様は、衰えを知らない。
「故障にしないようにジャンプの本数を制限するようになりました。それでも氷の上にいたくて、こうしてスケーティングの練習をしている。トレーニングしても、今までのように筋肉が増えたりしなくなりました」
司は、神様と同じ種類のいきものではなかった。
「もう、貴方といられる時間がなくなってきているのがわかります」
衰えて曲かけで転ぶのが先か。大会で若手に負けるのが先か。いずれにせよ、残された時間は少ない。
夜鷹が軌道を変える。正円を破り、隣に円を描いて、そしてまた同じところに戻って円を描く。完全に左右対象の8の字を美しく描く。司は、その軌道を追わなかった。ただ同じ場所で正円を描き続ける。
「貴方と、永遠に滑っていたかった」
「……そう」
「でも、明日は転びませんよ! まだまだ一緒に滑ります! 明日もお願いしますね!」
「……君、声が大きい」
「あっ、すみません……」
司が円から離れる。リンクサイドへ向かい、氷を下りる。
「お先、失礼します」
司が去ると、一段と暗くなったかのようだ。リンクには、夜だけが残っている。
翌日。約束の曲かけ。
夜鷹が見つめるなか、司はひとりリンクを滑る。
高難易度のジャンプは、高く、長く、重力を離れ空中で止まっているかのようで。ステップシークエンスは、宇宙の星のように正しい軌道を刻む。
たった4分30秒間の永遠。
最後のジャンプは4回転サルコウだった。司の得意技は、大会でGOE+5以外をとったことがない。
助走のため、加速する。冬の太陽が落ちるような速度で、司が氷を滑っていく。
ピアノの音に合わせて踏み切る。
ブレードが氷を打つ音。
重力を忘れた星が、回る。回る回る回る、回る。
ブレードが着氷する音はいつもより大きく、重力を思い出したことを氷の地面が拍手して迎えるかのようだった。
5回転サルコウ。降りた。
司はそれをものともせず、残るプログラムを実行する。氷を滑り、曲に合わせて、氷に膝をついた姿勢で動きを止める。
完走。
司はそのまま、動かなかった。
夜鷹が、司に近づく。
「……合格」
「……ありがとう、ございます」
「最後は4回転だったはずだけど?」
「貴方に、見てほしかった」
夜鷹が差し出した手を、司が握って立ち上がる。
「あははっ、足の感覚がないです! これは最後にしか飛べませんね!」
リンクを回りだした司の円は歪んでいた。感覚がないというのは本当なのだろう。しかし、一緒に回る夜鷹に合わせ徐々に修正され、完璧な円になる。
「次の世界選手権、これをやります」
「そう」
「成功しても、失敗して転んでも、これで最後にします」
「……そう」
最後。それはつまり、現役の引退だ。
「貴方と、永遠に滑れるって思ってたのになぁ……」
なぜ、こうも、この生き物は氷の上の絶対を信じないのだろう。
夜鷹がコーチになってから、司は大会で転ばなかった。氷の上に絶対はない。そう言いながら、夜鷹の言いつけを守った絶対だけを氷の上に何度も何度も描いた男だった。
「世界選手権まで時間がないから、曲かけはもう要らないよ」
「……じゃあ、これで最後ですね」
「曲かけで転んだらスケートをやめるという約束は終わる」
「はい」
「世界選手権が終わって引退するなら、僕のコーチも引退だから、どちみちメダルの約束も終わる」
「……はい」
約束は終わった。それなのに、どうして。
「期限の約束がなくなったんだから、君も永遠に氷の上の生き物になるんだろ」
夜鷹が司の手を引いて、滑る。完全に左右対称なコンパルソリー。繋がって閉じた二つの円。
「君の体温はあったかい。それは長く氷の上にいられるようにだと思ったけど、ちがうの?」
手を握る力が強くなる。熱エネルギーが高い方から低い方へ移動する。そうして、リンクの夜がまた深くなる。
「俺は、この先も……貴方と、滑っていいんですか」
「……滑りたくなったら来る。僕はそうしてる」
8の字──あるいは無限を意味する記号を描いて、ふたつの生き物は呼吸をする。
夜のリンク。彼らにはもう永遠に、夜明けは来ない。
【5回転】世界選手権で引退した司選手について語るスレ【金メダル】
1 名無しさん
5回転着氷どころかGOE+5とって世界記録更新、2位と大差で金メダルなのに、年齢による衰えを理由に引退ってなんでですか! まだ全然滑れるだろ!
2 名無しさん
すごかった
他のジャンプも全部加点で、スピンとかもGOE+5でしょ
圧倒的だった
まだ見たいよ
3 名無しさん
2位の選手、司選手が今シーズンはクアドアクセルを入れてないからって、絶対勝った気だったよな……司選手は金メダル以外をとったことはないですけど……
4 名無しさん
司選手はコーチと金メダル以外とらないって約束してるからね
5 名無しさん
そのコーチも金メダルしかとらないで早くに引退したしな
6 名無しさん
夜鷹選手の引退は二十歳で早すぎるけど、司選手の年齢的には引退してもおかしくはない
7 名無しさん
年齢関係なく、あのプログラムができるならまだ引退は早いだろ
8 名無しさん
司選手、そもそも20歳から本格的に始めたから、ジュニア~シニアにかけて活躍してる選手と比べると短く感じる
9 名無しさん
小学校入る前からスケートしてる他選手をあっという間に抜き去った異次元の成長速度
10 名無しさん
他の選手には悪夢だろ
それからずっと金メダル独占されて
11 名無しさん
そういう意味でも夜鷹選手の再来だったな
12 名無しさん
世界選手権の前にいきなり、この大会で引退するって発表した時は騒然としたけど、年齢的に理解はできた
今シーズン4回転アクセルも外してたし
でもその引退試合で5回転飛んだらまだ辞めるなって思うだろ
13 名無しさん
なお試合後のインタビュー
司「最後まで夜鷹コーチの名前を汚さずに済んで良かったです!」
14 名無しさん
名前を汚すどころか世界記録更新してんだよな……
15 名無しさん
夜鷹純の再来って言われてたけど、夜鷹純超えてるよな?
なんで再来止まりなの
16 名無しさん
元々戦歴から「再来」って言われてた訳じゃないから
スケートがあまりにも似ているっていうか、スケーティング技術がとにかく夜鷹純そのものだったから、「夜鷹純の再来」なんだよ
17 名無しさん
20歳超えから育ててここまで来るんだから、やっぱ夜鷹のコーチングがすごいんかな
18 名無しさん
おまえ、最高のスケート選手がついたからって5回転飛べるようになるか? 20代の時思い出してみろよ
19 名無しさん
14歳から20歳まで独学でやってたってのも異常だよ
14歳でも遅すぎるのに、そこから6年独学って
20 名無しさん
独学でスケートってできるもんなの?
21 名無しさん
普通は無理。みんなクラブに入ってコーチついてやってるよ
22 名無しさん
昔のインタビュー記事で、その独学について話してるんだけどさ、
「夜鷹選手もひとりで覚えたと思ったら、俺にもできると思いました」
って言ってて、何こいつって思ったね……
その後
「でも、コーチがいるのといないのとでは大違いでした」
って言ってて夜鷹選手がコーチになってくれてよかったよ
23 名無しさん
夜鷹選手、毎年コーチを変えてたから、確かにコーチに教えてもらうって感じではなかったと思う
でも基礎もなくいきなり独学は無理だろ
24 名無しさん
実際、独学でどこまでいけたんだろ
3回転とか飛んでたのかな
25 名無しさん
独学で3回転飛んでたら怖い
でも20歳から練習始めて3回転飛べるようになってるのも怖い
結論:司選手は怖い
26 名無しさん
司選手って、大会の時、怖いよな
「夜鷹コーチに金メダル以外をとらせる訳にはいかない」っていつも言っててさ
27 名無しさん
金メダルとった後はニコニコわんこ系なのにね
28 名無しさん
演技中と表彰式の表情がちがいすぎる
演技中は夜鷹純なのに、表彰式は俺たちの司になる……
29 名無しさん
世界選手権の時は、なんかリラックスしてたよね……?
最後だから意識がちがったのかな
30 名無しさん
5回転GOE+5で金メダル確定だと思ってたなら怖い
31 名無しさん
結局、大会で一度も転ばなかったな
32 名無しさん
メディアの前の練習でも転んでないよ
33 名無しさん
それなのに「氷の上に絶対はないので」が口癖
34 名無しさん
絶対王者が言うなよ……
35 名無しさん
エキシビションでバックフリップ決めるやつが言うなよ……
36 名無しさん
ステップシークエンスでレベル4以外とったことがないやつが言うなよ……
37 名無しさん
ジャンプ飛べなくても演技見ていたかったな
38 名無しさん
引退後、何するの?
39 名無しさん
まだ不明
でもやっぱプロ転向かな
40 名無しさん
夜鷹コーチも他の子とるのかな
41 名無しさん
夜鷹コーチが司選手以外に教えるの想像できない
42 名無しさん
夜鷹選手と司選手レベルの才能がないと着いていけないだろ
43 名無しさん
「夜鷹純のスケートが俺の全てです」って言ってる司選手が夜鷹コーチから離れられるのかな
44 名無しさん
おい、だれかSNS見てない
45 名無しさん
何?
46 名無しさん
中部のアイスショーに行ったスケオタが、「夜鷹純と明浦路司がいる」ってあげてる
47 名無しさん
てかもう滑ってる動画あがってる
現実だよな?
48 名無しさん
見た ガチじゃん
49 名無しさん
え、何これ、ペア……?
50 名無しさん
ペアは男女だけだから、男同士を呼ぶ呼び方はない、と思う
51 名無しさん
でも一緒に滑ってるよ! 曲もかかってるし……二人で滑るようのプログラムだよね!?
52 名無しさん
多分そう
53 名無しさん
夜鷹純が滑ってるの、何年ぶりだよ
54 名無しさん
てか司選手だけじゃなくて夜鷹コーチも4回転飛ぶじゃん 今からでも現役復帰しろ
55 名無しさん
え、あの二人で同時に飛んでたやつ、やっぱ4回転??? 見間違いじゃない?
56 名無しさん
間違いない 司選手の3回転はもっとゆっくりに見える
っていうか、助走から回転速度から着氷までに完璧にシンクロしてるのなんで
57 名無しさん
なんか、司選手も夜鷹純も、嬉しそうに滑ってるんですけど~???
58 名無しさん
司選手は夜鷹選手が大好きだから、一緒に滑れて嬉しいんだろ
59 名無しさん
あの夜鷹選手が教えようと思うんだから、夜鷹選手も司選手のスケートが好きなんだよ
60 名無しさん
好きなひととスケートできて嬉しいのか……なんか、よかった
61 名無しさん
引退後も一緒に滑ってるの見て、安心した
62 名無しさん
引退後も夜鷹コーチと一緒にいれるのわかってたから、最後の世界選手権はリラックスしてたのかな
63 名無しさん
演技すげえな すげえしか出てこねえ
64 名無しさん
現役の頃より色気すごくない?
65 名無しさん
現役の頃って言っても司選手の引退は数ヶ月前だろ そんなに変わらないよ
66 名無しさん
いや、色気あるのはわかる
ペアだから?
67 名無しさん
有志があげてるアイスショーのプログラム見た?
68 名無しさん
それが何?
69 名無しさん
二人の名前がコーチの欄にのってる!
二人とも名港ウィンドFSC
夜鷹純が狼嵜光さん
司選手が結束いのりさん
どっちも女子かな
70 名無しさん
同じクラブでコーチしてるってこと!?!?!?
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!