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「まだ朱里ちゃんに未練がある?」
「う……。み、未練っていうか……」
自分の朱里への感情は、刷り込みみたいなものだと言われて、すんなり受け入れるのは悔しいけど、最近は「そうかもしれない」と感じるようになってきた。
でも、あの子が傷付きまくった当時の私の、たった一つの救いだった事は変わりない。
なんだかんだで、スッと澄ました綺麗な人から、愉快な一面を見られるようになるまで仲良くなれたし、この友情は一生ものだと思っている。
「勿論、彼女を大切に想う気持ちを軽んじている訳じゃないし、男女の仲と同性同士の友情は比べられるものじゃない。……ただ、朱里ちゃんが尊の手をとったように、恵ちゃんも俺の手をとって女性として幸せになろうと思えている? って聞きたかったんだ」
「そ……、そりゃあ……、結婚しようと思っていますから……」
照れてムスッとしつつ言うと、涼さんは機嫌良さそうに笑う。
「良かった。……少しずつ慣れていこうね。俺も……本当はこう……、ガバーッと押し倒して『好き好き好き好き』ってやりたい気持ちが物凄くあるけど、それをやってしまったら、恵ちゃんは怒ってしまいそうだから、めちゃくちゃ自分を抑えてる」
「……大型犬じゃないんですから」
私は思わずそう突っ込んでから、大型犬にベロベロ舐められてむっつりと怒っている猫を想像する。
そのあと鼻っ面に猫パンチをして、高い所に逃げるまでがワンセットだろう。
「この家での生活も慣れてきた?」
「……そうですね。……いまだに目が覚めるとホテルにいるような気持ちになって、現実味がないですけど。どこに何が置いてあるかとかも少しずつ把握してきたし、北原さんとも仲良くなれています。本当ならもっと動揺して、おっかなびっくり過ごしていると思いますが、周りの皆さんが優しくしてくれるから、何とかやれているんだと思います」
「ん、なら良かった。……そうだ。俺、暖かくなってきたら、ドライブがてらにサーフィンするんだけど、一緒にやってみない? 初心者だったら湘南とか白浜海岸がいいかな。そのあと、伊豆で温泉とかもいいねぇ……」
「はい?」
いきなり会話がポーンとすっ飛び、私は目を丸くする。
「俺、恵ちゃんとの相性を確認するために、色んな事をしてみたいんだ。恵ちゃん、割とアウトドアって言ってたでしょ? 一緒にキャンプもしたいし、色んなアクティビティをしてみたい。都内で買い物して高級レストランで食事……って、いつでもできるからね。それにもう、恵ちゃんはそういう事にはあまり興味がないって分かってるし」
「はぁ……、まぁ、そうっすね」
本当は私も人並みに〝良い物〟への憧れは持っている。
春日さんがご馳走してくれる高級料理は、申し訳なさを感じながらも皆で楽しく食べるので、いい体験になっていると感じている。
街中を歩いていて、ショーウィンドウのマネキンを見て『素敵な服だな』と感じる事はあるけれど、自分が着たら猫に小判だと感じているし、贅沢を知ったらなかなか元に戻れないと言われているから、下手に手を出さないようにしている。
目下、普段着は着回ししやすい、選択をしてもクタらない物を選びがちで、あとは趣味のソロキャンに必要な道具を少しずつ揃えるのが、自分の中の〝贅沢〟だ。
たまに兄貴たちと相談して、父の日や母の日、誕生日に両親と一緒に食事会をする事もあるし、そういう時にお金を使うのは大事だと思っている。
でも人間の欲は果てしないから、一度〝良い物〟を知ってしまうと、あちこち目移りして際限なく買ってしまいそうだから、自分にストップをかけている。
朱里みたいにデパコス沼に嵌まっているのを見ると、禿げるんじゃないかってぐらい悩んで、買う物を吟味しているのは、楽しそうでもあるけど大変そうだなとも感じている。
だから私はあまり悩まなくていい生き方をしたいと思っているし、気楽にマイペースに過ごす人生を貫いてきた。
なので今になって涼さんに頼めば、どんな願いでも叶えてくれる状況になったけれど、逆に「言わんどこ」と思っている。
家にいるだけでも美味しいご飯を食べられるし、何かにつけて外食となれば、高級料理じゃなくても彼は美味しい店を知っている。
だからこそ、私に気を遣って余計なお金を使ってほしくないのだ。
素敵な部屋を整えてくれて、高級な服やコスメを買ってくれただけでも十分で、これ以上の事をされても、返すあてがなくて困ってしまう。
彼はお互い立場が違うから、『返して対等になろうとしなくていい』と言ってくれたけど、申し訳なさは相変わらずあるのだ。
(結婚したら、当たり前って思うようになるのかな)
そう思うけれど、贅沢を「当たり前」って思うようになる自分を「嫌だな」と感じる。
だから、涼さんもこう言っている事だし、話にのっておく事にした。
「買い物や食事なら、いつでもできますからね。涼さんが言う通り、キャンプとかアクティビティだと、お互いの相性がもっと分かると思います。〝できない〟時の対応とか、ピンチになった時の対応とか、割と素が出るものと思いますから」
私は兄貴たちを思い出しながら言う。
悪い人たちではないけど、テントのペグ打ちに難儀してると「おっそ」と言ってくるので、密かにムカついている。
お陰で今ではすっかりペグ打ちマスターになった。