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店の名前は、出さない。
時間も、場所も、
特定できる情報は、削る。
それでも、
空気だけは分かる。
——甘い。
音楽。
ライト。
名前を呼ぶ声。
「ジュンくん」
少し高くて、
少し震えている。
カウンターの向こうで、
ジュンは笑っている。
仕事用の顔。
その子は、
まだ若い。
服は、
少しだけ背伸び。
バッグの中身は、
きれいに揃っている。
——慣れてない。
「今日も会えて嬉しい」
ジュンは、
否定しない。
否定しないだけ。
「無理しなくていいよ」
優しい声。
その一言で、
空気が変わる。
(あ……)
わたしは、
少しだけ視線を逸らす。
その子は、
“選ばれた”と思った。
特別だと、
勘違いした。
でも。
ジュンは、
“期待を切っていない”。
切らないことが、
一番、燃える。
店を出たあと。
ジュンは、
深く息を吐いた。
「……なあ」
「これ、
もうアウトか?」
わたしは、
即答しない。
少しだけ、
考える。
「まだ」
短く答える。
「でも」
一拍。
「一歩でも、
踏み間違えたら終わる」
ジュンは、
黙る。
「優しくした?」
「……した」
「期待、壊した?」
「……してない」
そこ。
「それが、
勘違いの正体」
わたしは、
淡々と言う。
「恋愛商法は、
“好き”を売ってるんじゃない」
「勘違いを、
長持ちさせてるだけ」
ジュンが、
目を伏せる。
「本気にさせると、
人は怖くなる」
「若い子ほど、
逃げ道がない」
「それ、
分かってやるなら——」
言葉を、
切る。
「もう、
商売じゃない」
ジュンは、
しばらく黙っていた。
そして、
小さく言う。
「……俺、
やり方、間違えてたか?」
わたしは、
首を振る。
「まだ、戻れる」
それだけ。
その夜。
ジュンから、
短いメッセージが届く。
ジュン
次、どう切る?
既読は、
つけない。
代わりに、
一文だけ送る。
R
期待を、
“終わらせる言葉”を使う。
画面を、閉じる。
勘違いは、
悪意からじゃない。
優しさの形を、
間違えただけ。
だからこそ、
一番、怖い。