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いつからだったか、誰かの声が耳に刺さるようになった。
「片倉さんってさ、最近ちょっと怖くない?」
「空気変わったよね……」
「前はもっと“ちゃんとした子”だったのに」
噂はさざ波のように広がっていく。
誰が最初に言ったのか、誰が信じたのか、そんなことはもう関係ない。
私は今、
“空気の中”に沈んでいる。
⸻
「玲那ちゃんが、昨日ね――」
誰かがそう言った。
私の中で、無意識に警鐘が鳴る。
(何を言った? 玲那が……何を……)
廊下の掲示板前で立ち話していたふたりの女子に、私の視線が無意識に吸い寄せられる。
「“あの子が消えてから、おかしくなった”ってさ。玲那、言ってた」
「誰のこと?」
「“茅野”って子、知ってる?」
一瞬、目の前の景色が揺れた。
茅野。
その名前は、私の頭の中から“抜け落ちていた”はずだった。
⸻
放課後、階段下。
西園寺が立っていた。まるで、最初から私を待っていたように。
「茅野、って名前。久しぶりに聞いたでしょ?」
私は無言で立ち止まった。
「覚えてる?
あの子、君が“初めて試した支配”の実験台だった」
(やめて)
「玲那ちゃんや村瀬くんは、そのあと。
君は少しずつ慣れていって、最終的には“何もしなくても人を動かせる”ようになった」
(やめろ)
「でもさ……最初だけは、君も“手を出した”んじゃない?」
私は拳を握りしめていた。
この男の声が、血の中に混ざって、私を蝕んでいく。
「茅野さん、どうしていなくなったんだっけ?」
西園寺の笑みはいつも通り。
けれど、目だけが冷たかった。
⸻
夜。部屋。
机の引き出しを、久しぶりに開けた。
そこにあった、古びたプリントの裏側。
小さく書かれた、名前**。**
《茅野 瑠海》
あのとき、私は彼女の“人間らしさ”をすべて消そうとした。
友達を引き離し、誤解を生ませ、彼女のSNSアカウントを孤独の海に沈めた。
でも――
最後に見た彼女の笑顔だけが、なぜかずっと、心に張りついていた。
笑ってた。
全部を失って、それでも。
その笑顔は、“私が勝った”ことを意味していなかった。
⸻
その晩、夢に彼女が出てきた。
体育館の隅。
静かな瞳で、こちらを見ていた。
「ゆいちゃん。
あのとき、ありがとうね。わたし……全部、手放せて、ちょっと楽になった」
私の口が勝手に動く。
「……私、別に、そんなつもりで――」
「ううん、知ってる。
でも、わたし、最後に笑えたんだ。
たぶんそれは、“あなた”のおかげ」
そう言って、
彼女はゆっくりと後ろを向いて、闇の中へと歩いていった。
⸻
朝、目覚めたとき。
喉の奥が、ひどく乾いていた。
あれは夢だったのか、それとも記憶だったのか。
どちらにしても、
もう“何か”が元には戻らないことだけは、はっきりとわかっていた。