不思議と物憂げな表情を見せた坪井。
真衣香はその理由がわからなかった。 そして、追求するにも、まだそこまでを踏み込む勇気もなく。
ありがとう。 と、ただ返した。
心の中が読めないならば、読めないなりに距離を取ってきた。
言葉を選んできた。
おかげで人付き合いの色々は、下手なのだけど。
それでも傷つくことも少なかった。
(……知りたいって思ったら、どうしたらいいの)
許されるのはどこまでだろう。
坪井の言葉の真意は、不快感なのか好意なのか。
それすらもよくわからない。
経験や知識のなさや、坪井との差が歯がゆい。
(今までの彼女なら、もっとわかり合って話せてたのかな)
自信がないとマイナス思考は、とどまることを知らない。
沈んでいきそうに、俯いたままの真衣香の頬を優しい体温が包んだ。
坪井の手だ。
「立花、気をつけて帰ってね」
「……わ! う、うん」
その手が真衣香の顔をグッと上に向かせる。
驚いて激しく瞬きを繰り返していると、目を細めて真衣香を見る坪井と視線が重なった。
「寄り道しないで帰ってよ、もう遅いから」
「も、もう、坪井くん。 子供に言い聞かせるみたいにして」
少し拗ねた声を出せば、顔が近づいてきて。 真衣香の耳元で囁かれた「誰が子供だって?」の、声。
「……ちょ、と坪井くん。 人が、その、いっぱいだよ? は、恥ずかしいよ」
力んで距離を取ろうとするが動けない。
改札を通って、エスカレーター脇の柱に隠れるように立っていたとはいえ人目に全くつかないわけではないのに。
真衣香だけが、ドキドキとうろたえている。
平然としていられる坪井は、やはり、こういう触れ合いを何度も経験してきたのだろう。
顔も知らない名前さえ知らない。
勝手にそんな過去の相手を想像して、ズキン、と胸が痛んだ。
でも。
「子供じゃなくて、俺の彼女でしょ? 早く慣れて。俺ひっつきたいと思ったら我慢できないし、いっぱい触りたいし」
そんな言葉で、痛みよりも甘さが勝る。
単純すぎて嫌になった。
これこそまさに経験の浅い真衣香が、舞い上がっているだけの光景の様な気がして。
「……う、うん」
喉を通り抜けて、その不安が音になってしまったような情けない声で返事をしたのだが。
「期待してるね。 あと、帰ったら連絡してね。 お前の方が家遠いし、心配だから」
「…………はい」
(誰かの彼女だと、か、帰り道なんて心配されるの!? どうしよう嬉しい……)
優しく包み込まれる様な声。
別世界だと思ってた、たったひとりの大切な人に向けられる男の人たちの〝彼女扱い〟を。
なんだか、今まさに受けている様な気になってしまったから。
魔法みたいに不安が消えてしまう。
そんな感覚を、感じていた。
――何で敬語なんだよ。 と、笑った顔を電車の中でも真衣香は何度も何度も思い返した。
恋は身体を、心を、どうしようもなく熱くする。
ふわふわとさせる。
夢を見させてるようにして、
迫る悪意から、目を逸らさせるみたいだと。
何故かそんなことを思いながら。
初めての仕事帰りのデート。
電車の走行音と、甘さと苦さ。
それらと共に過ごした、帰り道。