税制の変更は速やかに行われ、その効果は劇的だった。
「は、税がなくなる?」「いや、とんでもない増税だと聞いたぞ」「いったいどっちなんだ!?」
初期には混乱もあったものの、教会が税制変更についての説明会を開いたことで認知が進んでいくことになる。
抜け目のない司教ヴァレンティノはこの説明回の後にミサを開くことで、教会がこうした公共の福祉にも携わっていることを強調し、信徒を増やした。
人間、タダで何かしてもらったら何もしないではいられないものである。ミサの後に信徒が自発的に行っているお布施の時間が来た時、説明回を聞きに来た初参加者たちがつられて手持ちの金を寄付したのも、いざしかたないことだろう。
かつてない教会の盛況にヴァレンティノ司教はにかっと笑った。
一方、教会に足を踏み入れないアウトローたち。なんとなく教会が嫌いなものたちや、働きづめで休みが取れないものたちは、職業ギルドのギルドマスター・テオバルトから流れた噂を耳にする。
「どうやら、税を払わなくてもいいらしいぞ!」
「なにぃ!? 最高だな!」
それだけで十分であった。
こうした者たちも、結局の所一人では生きていくことができないので、何かしら横の繋がりを持っている。彼らの中で「ギルドマスターが言っていた」というのはすなわち「それは真実である」と同義だ。何か都合が悪くなったら、ギルドマスターに抗議すればいいと考えていた。
一部の賢い者はこの税制の変更の本質が兵役の免除にあると考えていたが、恩恵を受けられるのは一部の金持ちだけ、職人の類いには基本的に関係の無いことである。
だからといって拗ねる必要はない。これまで支払っていた税を払わなくてよくなるのだ。その程度の不平等に目くじらを立てる理由はなかった。
それどころか、酔狂にも自分たちの代わりに税を払ってくれる金持ちたちに、感謝すらしていた。
「やっぱり、ギルドマスターは頼りになるぜ」
日頃、政治に関わることのない労働者たちにとって、ギルドマスターは政治という難解なものと橋渡ししてくれる崇高な存在である。
「そうか? そうかな?」
仲間達に褒めそやされて、ギルドマスター・テオバルトはちょっと照れた。
続いて、商人たちは大忙しだった。
この税制の変更が何をもたらすか、他の職業人たちよりもよくわかっていたからだ。
「買い込め! 倉庫を増築してもいい!」
「スパイスだ。胡椒やサフランを買え!! 借金してでも買え!! 千載一遇のチャンスだぞ!!」
民や職業人たちは基本的に自分たちに課せられる税金のことしか考えていなかったが、商人はもっと広い視野でこの変更を見ていた。
関税が大幅に引き上げられれば、行商人達は元を取ろうとして商品の値段を釣り上げてくるに決まっている。そうなれば、必然的に物価は上昇するだろう。
そうなると金の価値が下がる。
千セレスで買えたものが、千三百セレスとか千五百セレスかかるようになったりする。今、この時において。金は持っていれば持っているだけ損なのだ!
大金持ちであるほどその理屈は理解している。その上、トロン内での商売には税がかからないのだ。取引は増大し、めまぐるしく商品と金が飛び交う。
マデラン門から入ってきた行商人が商人たちに足止めを食らい、すべての商品を一括で買われることすらあり、ゆっくり1ヶ月かけて商品を売りさばこうと思っていた行商人は目を白黒させた。
売るものはなくなったが、一晩で大金が手に入った。行商人としては万々歳である。一晩宿屋で休んだら、すぐに今来た道を戻る。これをたくさんの行商人が果てしなく繰り返す。
そんなことをして街が豊かにならないわけがない。
増築した倉庫にたっぷりと香辛料を溜め込んだ商会長ハインリヒは笑みが止まらなかった。