テラーノベル
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俺、近藤勲は、屯所の執務室で書類の山と格闘しながら、ふと目の前の男に視線を戻した。
真選組副長、土方十四郎。
いつもなら鬼の形相で書類に目を通し、少しでも不備があれば「切腹だァァ!!」と怒号を飛ばしているはずの男だ。しかし、今夜のトシは完全におかしかった。
「……トシ?」
呼びかけても返事がない。
トシは手にした万年筆を動かすこともなく、ただ一点を見つめて固まっている。
その目は虚空を彷徨い、どこか遠い世界へ行ってしまっているかのようだった。
「おい、トシってば」
「……あ? ……あ、あぁ。何だ近藤さん、書類ならもうすぐ終わる」
ハッと我に返ったトシが、慌てて手元の紙に目を落とす。
だが、その手元を見て俺はさらに目を丸くした。
トシが今まさに署名しようとしていたのは、報告書ではなく、ただの白紙の裏紙だった。
しかも、そこには何故か「糖分」という文字が殴り書きされている。
(糖分……!? トシがマヨネーズではなく糖分だと!?)
俺の脳内に激震が走った。
それだけではない。
トシの懐のあたりが、先ほどから妙に不自然に膨らんでいる。
まるで、誰にも見つかってはいけない極秘の爆発物でも隠し持っているかのような厳重さで、トシは時折、無意識にその胸元を愛おしそうに、あるいは忌々しそうに、そっと手で押さえているのだ。
「トシ、お前……体調でも悪いのか? 顔がなんだか赤いぞ。まさか、風邪でも引いたんじゃ……」
「悪かねぇよ。至って普通だ」
トシはふいっと顔を背け、ポケットから煙草を取り出そうとした。
しかし、手元が狂ったのか、代わりに懐から転がり出たのは
――銀色の包装紙に包まれた、小さな、しかし明らかに上等だと分かる菓子箱だった。
畳の上に、コト、と軽い音が響く。
「あっ……!」
トシが目を見開き、息を呑んだ。
まるで国家機密を敵の前に晒してしまったかのような、見たこともない狼狽ぶりで、慌ててその箱をひったくるように回収する。
その顔は、みるみるうちに耳の裏まで真っ赤に染まっていった。
「トシ……それ、まさかチョコレートか?」
「ち、違う! これは……ただの、その、携帯食料だ!」
「携帯食料をそんな綺麗な銀紙で包むかァァ! 今日が何の日か知らんわけじゃあるまい! バレンタインだぞ!?」
俺は立ち上がり、感動に震えながらトシの肩を掴んだ。
俺の頭の中では、もうすでにトシの完璧なストーリーが組み上がっていた。
いや、絶対にこれが正解だ。
あの孤高の鬼副長、恋だの愛だのには一切興味を示さず、マヨネーズと隊規にしか命を懸けてこなかったあの土方十四郎に、ついに想い人ができたのだ、と。
「そうか……! お前、誰かにおチョコを貰ったんだな!? 照れくさくて、自分には勿体なくて食べられずに、そうやって大事に懐にしまっていたんだな! よかったなぁトシ! どこのどなただ? お妙さんほどではないにしろ、きっと素敵な大和撫子なんだろう!」
俺は我がことのように涙を流して喜んだ。だって、あのトシが新しい恋愛をしようと葛藤しているのだから。
しかし、当のトシの表情は、俺の言葉が進むにつれて、どんどん暗く、切ないものへと変わっていく。
「……貰ってねぇよ」
トシはぽつりと、消え入りそうな声で呟いた。
俺の腕をそっと振り払い、手の中の銀色の箱を、今度は壊れ物を扱うように、ぎゅっと握りしめる。
「貰ったんじゃねぇ。……俺が、買ったんだ。……自分で」
「え? 自分で……? 自分で食べるためにか?」
「……さあな。もう、どうでもいい」
そう言って自嘲気味に寂しそうに笑ったトシの横顔を、俺はただ呆然と見つめることしかできなかった。
何か、言ってはいけないことでも言ってしまったのだろうか。
そんな考えが頭に浮かぶ。
いつものトゲトゲした空気は一切ない。
そこにあるのは、行き場を失った想いをどう処分すればいいかも分からずに立ち尽くしている、一人の不器用な男の姿だけだった。
トシの恋愛感情なんてこれっぽっちも知らないが、それでも、トシのその表情が、ひどく深く、誰かを想って傷ついている顔、だということだけは、痛いほど伝わってきたのだった。
コメント
1件
いやもう、近藤さんのテンションとトシの切なさのギャップが刺さりました……「自分で買った」って呟くトシの横顔、目に浮かびます。誰かに贈りたくて買ったのか、それとも自分を慰めるためなのか。行き場のない想いを胸に隠す不器用さが、もうたまらなく愛おしいです。続きが気になりますね……!
風花🎧🫧🥀@中学受験生
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かんな
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