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こころ
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第一章 初夏の風に身を委ね
「っはぁ……もうやだなぁ……。」
少女――陽菜蜜柑は、疲れ果てたようにつぶやいた。
白のハイネックに黒のベストを着て、白くて薄いフリルスカートをはいている。
美しく黒い髪を彩るのは、左右にリボンが付いたホワイトブリム。
見た目は、本当に女の子そのまんまだった。
ただ、蜜柑が悩んでいるのは、そういうものではない。
「オレって言ってるだけなのに……。」
そう呟く彼女の声には、悲観と呆れが滲みでている。
女の子らしい服装は好き。体も女の子。それでも……
それでも。
顔に苦しみが浮かぶ。
ある日の苦みを誤魔化すようにスマホを開き、ネットの海を彷徨う。
どれもこれも、同じようにどうでもいい話。
……それでも、見てしまう。
どうでもいい話は、ありがちな話は、どこか少し違っていて、
とっくに飽き切った終わりを見つめるのに丁度いい理由として成り立っている。
動画をスクロールする手が止まったのは、見始めてから1時間くらいたった後の
ことだった。
『手助けします』
手助けとはどういうことだろう。
固定コメントに貼られたURLを検索にかけてみる。
サイトが1件映し出された。
流れるようにサイトをクリックする。
中にはこう書かれていた。
『今を生きるのに疲れた人へ。
わたくしが、貴方の自殺を援助いたしましょう。
ただし、本当に覚悟がある方のみのご利用を推奨いたします。
お代? いりません。
貴方の人生を止める協力をさせてください。』
「へー。」
思ったより涼しい声が出た。
でも、中には高揚の黄色さが混ざっていた。
サイトに依頼しようと思い立ったのは、とても明るい晴れた火曜日。
夕方の風に飲み込まれるように、もういいかと考える。
だって、この世界はオレを普通ととらえてくれないんだから。
オレって言っている毒舌女子は、どうやら普通じゃないらしいんだ。
多分、今は子供だから。子供だから許される。
社会に出たら?
間違いなく「私」と言わされるだろう。この世界は大人に優しくない。
ドラマや小説を見たらわかることだった。だって、子供のボディタッチは柔いものでも、
会社のセクハラはニュースになって、文字になって、警察の記録の一部にされる。
子供と大人なら、扱いに大きな差が出てくる。
「女なのにw」「なに?ぶりっこ?w」「オタクじゃんw」
いつか言われた言葉は、今もオレの心臓を刺している。
だから、オレが死ぬことで、オレみたいな人を救えたら……救えたら……
そんなことを思っていたら、あっという間に日が暮れて、眩い光が消える間際の
余韻を残して去っていく。
オレは「依頼」と表示されたスマホの画面を静かに押した。
依頼は淡々とした会話の中で行われた。
悩みを聞くこともなく、いくつかのプランのようなものを提示し、
オレがそれを決めるまで、余計な口出し一つしなかった。
オレはこのサイトに使うのに、少し懸念があった。
もしかしたら、精神科医のサイトに飛ばされるのでは?
マッチングアプリのようにして行為を行おうとしているのでは?
でも、大丈夫そうだと確信した。
場所も、日付も、服装も死に方も、全部オレが指定できたからだ。
ここまで律儀に、相手に全てをゆだねるという姿勢を崩さない。
疑う方が失礼だと感じさせる程だった。
決行日は、あの日とは似ても似つかない、どんよりと雲が全てを覆う水曜日。
ただ、6月にしては涼し気な風たちが、オレの死を歓迎する天使のように思えた。
場所はオレが通っていた小学校の屋上。
オレのトラウマの場所でもあり、今からオレが死ぬ場所だ。
約束の時間を2分過ぎて、‘‘彼‘‘はやってきた。
‘‘彼‘‘の上空には、天使のはしご。全てを包み込む雲の中に、一筋の光が、
‘‘彼‘‘という名の神様が、それは優しく、深く、舞い降りてきたようだった。
逆光のせいかよく見えない顔を見ようとして、制止される。
別に、もう死ぬオレに顔を見られることで何か不利益でも生じるのかと
疑問だったが、確かにコンプレックスとかあるもんな、と結論付けた。
飛び降り。
4時の涼しい風を浴びながら、両手を広げ空を眺める。
今日が、今日がオレの命日だ。
昔っからあるフェンスの小さな隙間から外へ出る。
もう終わる。やっと……やっと……?
やっとと言うには短すぎる人生を思い返し、
静かに見守る‘‘彼‘‘に振り返った。
最期に、疑問を一つ解いておきたかったから。
「ねぇ、アンタはなんで無償で自殺を手伝うの?」
割に合わない。
まったくもって割に合っていると思えない。
なんで……なんで、オレを救ってくれるのだろうか。
しばらくの沈黙。十秒くらいだった気もするし、1分くらいあったかも
しれない。よくわからない。‘‘彼‘‘は、気まずそうに視線を宙へ移し、
ゆっくりと口を開いた。それは、オレが思っていた答えと違っていた。
「なんで…だろうね。」
思いのほか若い声にも驚いたが、自分でもよくわかっていなさそうな
‘‘彼‘‘の声には優しさと、迷いがこもっていた。
美しい声だった。
「っは、わかってないくせに、こんな面倒ごとやるの?」
毒の効いた言葉だというのはわかっている。それでも、そんな可笑しい‘‘彼‘‘の
言動に、思わず笑いながら揶揄ってしまった。
‘‘彼‘‘は少し笑いながら、「可っ笑しい」と言う。
また、しばらくの沈黙の後、オレは静かに下を見据えた。
毎月1000人以上が自殺を選んで死んでいる。
オレは、その中の一人として、数字になって、ニュースになって、
噂になって――……どうなるんだろう。
‘‘彼‘‘はいまだ、静かにオレを見つめている。
オレは、初夏の風に身を任せた。
空には夕方の特有のグラデーションが広がり、曇り空はすっかり美しくなっている。
また、天使のはしごが見えた。
飛び降りに、成功した。
サイレンの音が聞こえる。
目が見えない。
手の感覚がない。
ただ、終わったんだという解放感と、見世物じゃねぇのにという
怒りもわいてきた。でも、もういい。もう、後は死ぬだけ。
待つだけで、終わる。
初夏のにぶい暑さを紛らわす程に遠く響いた誰かの叫び声は、
オレの親友の声のように思えた。
「……ん?なんか、騒がしいなぁ……。」
委員会が終わり、帰る途中。小学校のほうから、
パトカーのサイレンが聞こえてきた。
何かあったとしたら、野次馬がいるだろう。
そんな場所に向かいたくないという気持ちが強かったが、
家へ帰るには、小学校の前を通らなければならない。
少し坂になっている道を歩きながら、ふと見た小学校の校庭には、
見覚えのある制服が見えた。
私の通っている中学の制服だ。
鞄についてるチャームは、心なしか、私がプレゼントした物のように思えた。
いやな予感がした。
野次馬の間をかき分け、急いで近くへ行った。
誰かが血だまりの中にいる。
蜜柑だ。
……いや、蜜柑じゃない。蜜柑じゃない! 蜜柑じゃない!!
信じたくなかったのに、私の脳はそれを蜜柑だと言ってくる。
私は、蜜柑と叫んで、泣き崩れた。
蜜柑は、親友だった。
少女の泣き崩れた姿を見届けた‘‘彼‘‘は、静かに焼香を焚いた。
スマホの画面には、白いチューリップ。
花園に咲く13本のチューリップは、天使のように眩く思えた。
【S小学校で飛び降り自殺か】
2時間後、ネットニュースに蜜柑の記事が載せられた。
ネットの記事には、また焼香が焚かれていたことで、
焼香野郎のせいじゃないか、という見解が示されていた。
私は、そいつを深く恨んだ。
でも、わからなかった。蜜柑なら……蜜柑なら、自殺を迫られても、
なんとでもなりそうな程、強い子だったから。
だから、自殺したのは自分の意思なのではないか。
仕方ないのかな、なんて思ってしまう。
それほど、あの子は強かった。
私の、ヒーローだった。
『20〷年 6月24日 金曜日
また焼香野郎のせいで死人が出た件w』
1匿名センター
また焼香野郎のせいで死人出たけど何で自殺したいんや?
2名無しのM
>>1
そりゃ、死にたいほど心が弱ってたか、鬱だったんじゃない?
3匿名センター
いや、周りを頼ればええやんか
4名無しのM
>>3
それでやめられねぇんだよw死にたがりなんかいっぱいいるぞ?
5名無しのM
そんなので自殺する奴は弱っちいんだよ。
私の時代はずっと暴力も当たり前だった。
今はめちゃくちゃ平和だろ。
6名無しのM
>>5
死にたい気持ちわからんやつキタ━━━━(゚∀゚)━━━━!!
wwww
7名無しのM
>>6
は?じゃあお前はわかるのか?
8名無しのM
>>7
昭和の人間よりかはわかりますよーww
9名無しのM
>>8
俺平成生まれだわ。
10名無しのM
>>9
それでわかんないのかよww
11名無しのM
治安悪くて草
―――――――――――――――
しばらくスマホを見ていても、あまり面白くない。
親友の死をネタに色々話す奴らが腹立たしい。
でも、私もしていたことだったと思い、自分も周りも腹立たしかった。
しょうがない。だって、皆は蜜柑の本当の優しさにすら気付かなかった。
だから、一ミリも会ったことないこいつらが、わかるわけないのだ。
知ったかぶりの私も、こいつらも、結局同じなのかもしれない。
そう思ったら、また涙が出てきた。
まだ暑さに慣れぬ初夏のころ、私の親友は自殺しました。
ネットでは、あることないこと噂され、私は数日間、学校を休みました。
……それでも、私は前へ進もうと思いました。
拝啓、私の親友へ
短い間ずっと、私のヒーローでいてくれて、支えになってくれて、
「ありがとう。」
静かに呟いた私の声は、初夏の風にさらわれて、
いつかあなたに届くことを、願っています。
終
コメント
3件
好き‼️ありがとーーー()
このお話、すごく胸にきました……。 「オレ」って言うだけで周りと違うってレッテルを貼られてしまう蜜柑さんの孤独が、ひしひしと伝わってきました。特に「子供のボディタッチは柔いものでも、会社のセクハラはニュースになる」っていう一文、大人になることへの絶望が生々しくて苦しかったです。 それでも、最後に親友が「ありがとう」と風に託すシーンで、蜜柑さんの存在が確かに誰かの光だったんだと知れて、涙が出ました。初夏の風のイメージが、最後まで美しく切なかったです。