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一ヶ月に数度、聖女を崇拝する為に人を集め夜会を開いている。実に莫迦莫迦しく下らない。
城の広間には、今宵も王太子派と聖女を信仰する者達が集まっていた。
当初広間を埋め尽くす程集まっていた人々も随分と少なくなった。徐々にクラウディウスとフローラに不信感を抱く者達が一人また一人と離れて行く。更にそれに拍車を掛けたのは、偽聖女が現れてからだ。彼女は今や民衆から真の聖女と崇められている。それはそうだろう。民衆の想いが痛い程分かる。郊外のあの様な光景を見てしまったら、どちらが悪でどちらが正義かなど幼い子供ですら分かるだろう。
それにティアナとハインリヒの婚約により第二王子派は勢いをつけあちら側に寝返る者が後を絶たないのも実情だ。
「綺麗だよ、フローラ」
華美に飾り付けられた広間の奥にクラウディウスとフローラは席を設け座っている。豪華な料理や酒は出席者の人数に対して多過ぎて毎回大量に余らせ廃棄されている。
フローラのドレスは毎回新調され、見るからに重いと分かる程の装飾品を身に付けていた。どれも大粒の宝石があしらわれており高価な物だと直ぐに分かる。これ等は全て信仰金で賄われている。
王族や貴族だからといって当然だが無限に金がある訳ではない。それ故、元々高額だった信仰金が最近また吊り上げられられた。表向きは新たな教会の建設などと公表しているが、実際はフローラが贅沢をする為だ。その所為で貴族等は金を工面する為に領地の税を益々吊り上げた。私兵を雇い払えないと訴える平民等からも力で押さえつけ搾取しているという。先日の郊外の実態が正にそれだ。
たった半年程で国は荒れ果て傾き始めていた。これ以上この状況が長引けば国が沈む。
ーーだがそれも、今夜で仕舞いだ。
今夜、レンブラントにパートナーはいない。その理由はヴェローニカとは婚約を解消したからだ。もうヴェローニカに利用価値もない、何より最後くらい身きれいでいたい。彼女を想う気持ちを穢したままでいたくなかった。
昨夜、レンブラントは何時も通りオランジュ家を訪ねた。
『レンブラント様?』
ずっと黙り込んでいるレンブラントを不審に感じたヴェローニカが腕に纏わり付きながら顔を覗き込んできた。
『レンブラント様、聞いてますの?』
『あぁ、どうしたんだい』
『ずっと黙りなので退屈です』
彼女は剥れた顔で上目遣いで見てくる。
『それはすまない』
『何か面白いお話聞かせて下さったら許してあげますわ』
相変わらずの我儘振りだと呆れるが、丁度良いと思い彼女にとっておきの面白い話を聞かせてやる事にした。
『そうだね、じゃあ……』
期待に満ちたヴェローニカにレンブラントは今までにないくらいの満面の笑みを向けてやった。
『君とは今を持って婚約を解消させて貰うよ』
その後ヴェローニカは泣き喚き手が付けられなくなりうんざりだった。
『婚約解消なんてどういう事なんです⁉︎ レンブラント様は私を愛している筈でしょう⁉︎』
(筈、ね……)
彼女の不自然な言い回しに思わず笑ってしまう。
『ごめんね、どうやら僕の勘違いだったみたいだ』
『そ、そんな筈ありえませんわ! 絶対おかしいですわ、だって昨日だってちゃんとお茶を飲んで……今日だって……ぁ』
『へぇ、僕がお茶を飲んでいたって? 確かにそれはおかしいね。フローラから貰った薬を毎回せっせと僕のお茶に盛っていたのにね。でも残念、僕は一口だって口にしていないよ。君さ、幾ら何でももう少し考える事を覚えたら?』
あれだけフローラがクラウディウスに服用させている薬の情報を集めてさせていたにも関わらず、まさか自分は疑われていないと思っていたとは……てっきりお互い騙されたフリをして互いに利用し合っていたとばかり思っていたので、ここまでくると凄いというか只々呆れる。
だがヴェローニカのお陰もありフローラの内情は把握する事が出来た。それは感謝すべきだろう。ただ結局意味はなかった。理由は分からないが、最近フローラはクラウディウスへ薬を飲ませなくなっていたのだが、それでも彼が正気に戻る事は無かったのだ。多分もう彼が元に戻る事はないとレンブラントは判断する他なかった。
レンブラントは顔を青くするヴェローニカに真実を突き付け、最後にハッキリとこう告げて屋敷を後にした。
『僕はね、昔から君が嫌いだ。君の顔を見るだけで吐き気がする。あぁそうだ。最後になるから良い事教えてあげようか。随分と思い違いしている様だからね。君、まるで可愛くないよ。鏡を良く見る事をお勧めするよ』
流石に性格が悪いと自分でも思ったが、昔からの鬱憤とティアナに対しての仕打ちを思えば可愛いものだ。
その後それでも納得出来ないヴェローニカはオランジュ夫妻に泣きついたが、予め夫妻と裏金の関わりを匂わせておいた為あっさりと婚約解消を受け入れた。
夜会が始まり一時間くらい経過した時、フローラが動いた。どうやら演出を始める様だ。
「またかよ」
「茶番ですね」
少し離れた場所からヘンリックとテオフィルが悪態を吐く。最近はクラウディウスのみならず彼等とも関係がギクシャクしていた。理由は専らヴェローニカの事だ。既に婚約は解消したが、その事を話すつもりはない。このままでいい……。
レンブラントは広間の中央に視線を向けるとフローラが蕾の花を前にして立っていた。あの一輪の花を咲かせる、奇跡と呼ばれる力だ。彼女は夜会の数回に一度その力を披露して権力を維持している。まるで芸を生業とする者の様で実に滑稽だ。これではただの見世物と変わらない。
ーーおおぉ‼︎
歓声が上がり広間は今宵最も賑やかになる。フローラが例の如く花を咲かせたのだ。そんな時だった。広間の扉が開きとある人物が現れた。
「ハインリヒ殿下……」
誰かがそう呟いた声が賑わう中でもハッキリと耳に届いた。
「随分と賑わっているね、愉しそうだ。あぁこれは兄上、宜しければ僕も参加させて頂けませんか?」
穏やかに笑みを浮かべているが、鋭い視線でクラウディウスを見据えている。招かれざる客の登場に一気広間が水を打ったように静まり返った。ハインリヒはクラウディウスの元へゆっくりと歩み寄る。
「ハインリヒ、今はフローラの御業を人々に披露している最中だ。邪魔をする事は許さない」
「フッ、御業ですか」
如何にも可笑しくて仕方がないと言わんばかりの反応をするハインリヒに対してクラウディウスは顔を顰めた。
「たった一輪の花を咲かせるだけで御業だと言うなら、もっと素晴らしいものをお見せ致しますよ」
彼がそう言った次の瞬間、扉が勢いよく開け放たれた。室内の筈なのにフワリと風が頬を掠めたのを感じた。
コツンッコツンッと優雅に足音を響かせ真っ直ぐに前を見据えながら広間に入って来たのは、ティアナだった。彼女は白を基調としたまるで修道着を思わせる白黒のドレスを身に纏っている。夜会には似つかわしく無いが神々しさを感じた。
「紹介しましょう。ティアナ・アルナルディ嬢です。彼女は僕の婚約者であり、僕の聖女です」
「成る程、偽者を連れて来たという訳か」
ティアナの姿を見たクラウディウスは冷笑する。彼がこんな風に笑う所を見なくてはならないのが心底辛い。
「そろそろ処分しなくてはと考えていた所だ。まさかそちらから出向いて来るとはな、手間が省けた」
彼が近くの侍従に合図を送ると、ハインリヒとティアナは取り囲まれた。だがハインリヒは動じる所か、余裕そうに笑って見せる。
「まあまあクラウディウス兄上、そう急かす事もないでしょう。夜はまだまだこれからです。先程も申しましたが、今から彼女が御業を披露致します。ほら見て下さい。皆、興味がある様だ」
今やこの国に偽聖女の噂を知らない者はいないだろう。今宵夜会の参加者達は王太子派のみならず無論聖女を信仰する者達だ。聞かずとも偽聖女に興味があるのは分かり切っていた。誰もがハインリヒ達のやり取りを固唾を呑んで見守っている。時折ティアナにも視線を移し明らかに興味津々だと分かる。
「今から彼女が、この広間一杯に花を咲かせてご覧に入れましょう」
ハインリヒの言葉を合図に彼の侍従等が広間に雪崩れ込んで来ると一斉に広間中に何かを撒き散らした。一体何をするつもりなのかと身構える。レンブラントは足元に転がってきた怪しげな小さな粒を一つ拾い上げ凝視した。
「これは……種?」
その瞬間だった。また風が吹いた。今度は頬だけではなく身体全体で感じる。風の強さに少し目を細めながらも彼女に視線を向けると手を大きく振り上げ払うのが見えた。それと同時に彼女の側にある種から波紋が広がっていく様に花が次々に開花していく。そして一瞬にして広間は花園に変わった。
一体何が起きたのか分からずレンブラントもクラウディウス等も皆一様に目を見張り呆然と立ち尽くした。
「き、き奇跡だっ‼︎」
出席者の一人が床に散らばる花を拾い上げ叫んだ。それからは簡単なものでティアナを見た参加者達は「聖女様だ」「本物だ」と口々に歓声を上げる。
「騙されてはダメよ‼︎ その女はハインリヒ殿下を籠絡してこの国を自分のものしようと企む悪女で、聖女なんかじゃないわ‼︎ 真の聖女はこの私なんだから!」
焦燥した様子で叫ぶフローラだが、冷ややかな視線が突き刺さる。
ーー魔女だ。
誰かが囁いた声が広間に響くと、それは伝染した様に広間中に広がる。フローラは周囲からの視線に悔しげに唇を噛み、側にいたクラウディウスに縋り付き助けを求めた。
「クラウディウス様っ! 黙ってないで何とか言って下さい‼︎」
「あ、あぁ……」
「皆に私が本物の聖女だって説明して下さい! 私は魔女なんかじゃない! あの女が魔女何だって、言って‼︎」
「いや、その……」
「私を愛しているんでしょう⁉︎ 私を護って‼︎」
歯切れの悪いクラウディウスにフローラは我慢出来ないのか子供の様に地団駄を踏んだ。
「クラウディウス、もう終わりにしよう」
「レンブラント……?」
「ハインリヒ殿下、お約束していた資料です」
レンブラントは懐から封書を取り出しハインリヒに手渡した。
「信仰金の裏帳簿や国税の横領などの証拠が揃っています。信仰金の殆どはフローラ嬢の私利私欲を満たす為に使われていました。また高額な信仰金に苦しむ領主等や民からの嘆願書も含まれており、今お渡ししたのはそれ等のほんの一部です。残りの書類はロートレック家の屋敷に保管しておりますので後程受け取って下さい」
広間中に響き渡る様に声を張り上げると、一層騒がしくなる。聖女という幻想から完全に目が醒めたのだろう。
「レンブラントっ、君まで私を裏切るつもりなのか⁉︎」
「クラウディウス、言った所で分からないだろうけど、今の君は正気じゃない、君はフローラに操られているんだ……良い加減目を覚ましなよっ」
きっと彼には何を言ってももう届かない。最後の悪足掻きだが言わずにはいられなかった。
少し前にレンブラントはハインリヒに会いに行った。そして裏帳簿や横領の事、フローラの話も信用するかは分からないが全て打ち明けた。クラウディウスの言う通り自分は裏切ったのだ。
「申し上げます‼︎ ミハエル殿下から無事国王陛下を奪還したとの報告を受けました! また国王陛下は花薬を服用され、病状は回復の兆しを見せているとの事です‼︎」
転がり込む勢いで一人の兵士が駆け込んで来るとそう報告をした。それを聞いたハインリヒは満足そうに笑った。
「私は嵌められたと言う事か。レンブラント、君は私の味方だと思っていたが、残念だ」
「僕も残念だよ、本当にね……。クラウディウス、これ以上君に罪を重ねさせない。友人の一人として臣下として……責任を果たす」
身体が手が震えて上手く鞘から剣が抜く事が出来ない。グッと全身に力を込め、己を奮い立たせた。
クラウディウスと初めて出会った日を、ヘンリック達皆と共に過ごした記憶が一気に蘇る。共に剣術や学業に励み、お茶をしたり出掛けたり時には喧嘩もした。何をするにも何時だって一緒だった……。
『私はこの国をより良き国に、歴代のどの王よりもより良き王になってみせる。民がこの国に生まれて良かったと思える国にしたい』
彼は昔から人一倍正義感が強く曲がった事が嫌いだった。穏やかで気が優しく、自らの生まれに驕る事もなく他者を尊重し蔑む事なども無かった。自慢の友人であり主君で、彼の臣下である事に誇りを持っていた。それがまさか、こんな終わり方をするなど夢にも思わなかった。
「フローラ、案ずる事はない。君は私が護る」
先に剣を抜いたのはクラウディウスだった。フローラを自らの背に隠し、この後に及んでまだ守ろうとしている彼を見て悲しくなるばかりだ。どうしてこんな事になってしまったのだろう。悔しくて虚しくて仕方がない。
レンブラントは呼吸を整え自身を落ち着かせながらゆっくりと剣を抜き、そして剣先を彼に向けて突き付けた。
ギリギリと押し合う。剣と剣が激しく打つかり合う音と金属の擦れる音が広間中に響く。
ーーカンッ‼︎ カンッ‼︎ カンッ‼︎
こうやって彼と打ち合いをするのは学院生の時以来だった。学院生時代、レンブラントは剣術では学年で二番目という高成績だったがクラウディウスとはそこまでの大差を感じた事は無かった。だが今明らかな差を感じている。クラウディウスの打ち込んでくる剣は不安定であり弱かった。流石に違和感を覚える。
「クラウディウスっ、君……」
彼と視線が交差する。彼と闘っているのは自分な筈なのに彼は必死に別の何かと闘っている様に見えた。
ーーシュッ! キーンッ‼︎
クラウディウスの剣をレンブラントの剣が弾き飛ばした。彼はそのまま蹌踉めき床に膝をつき顔を伏せたまま微動だにしなくなる。
「レンブラント……」
徐に顔を上げた彼はレンブラントを見て笑った。
ーー今だ、やれ。
そんな風に言われた気がした。目の前が霞んで視界が悪くなる中、震える右手を左手で押さえ込みクラウディウスに向かって剣を振り上げた。
◆◆◆
八十七、五話
夜会の少し前の事。
『驚いたよ、まさか君が僕を訪ねて来るとは……レンブラント・ロートレック。で用件は何かな』
『取引をしたい』
『おや意外だね。諦めるのかい? 彼女を手放し敢えて傀儡を演じていたのに、それ等全てが無駄になってしまうんじゃないかな』
この人は一体どこまで知っているのか……レンブラントは目を見張る。正直敵わないと感じた。
『これ以上今の状況が長引けば、更に民衆を苦しめ犠牲を増やすだけだと気付いたんです。僕達のエゴに彼等を巻き込んではいけない』
真意を探る様にしてハインリヒはレンブラントを凝視してくる。
『成る程。その決断をするまで少々時間を要した事は否めないが、気付いた事は評価してあげるよ。これまで何百年とこの国は平穏無事に過ごして来た。君達はずっとそう思っていただろう? だがそれはまやかしに過ぎない。現に国王が病床に伏せただけでこの有様だ。水面下ではずっと争いは起きていた。フローラの存在はきっかけに過ぎない。その事を兄上や君達は理解出来ていなかった。それが今の結果に繋がっている』
ーー生まれ育った生温い環境が……。
以前祖父のダーヴィットから言われた言葉が頭を過った。ハインリヒの言う通りだ。本来ならクラウディウスが信仰金と言い出した時点で止めるべきだった。例えその首を刎ねる事になろうとも……。それが権力を持つ者としての責務なのだと気付いた。だが遅過ぎた。
『僕の持っている資料の全てを殿下にお渡し致します。信仰金の裏帳簿や国税に手を付けた証拠、他にはフローラ嬢が作っていた怪しげな薬に関する資料などです』
『その見返りに君は何を望むんだい?』
『彼女の幸せを』
ハインリヒが王太子になった後、レンブラントが態々願わずとも彼ならこの国を正しい未来へと導いてくれるだろう。故に敢えて個人的な願いをを口にした。
『フッ、君がそんな不確かなものを要求してくるとはね、実に面白い』
『僕が彼女にしてあげられる事は、もうこんな下らない事くらいしかないんです』
『成る程。君達は哀れなくらい莫迦だね』
『君達?』
この際何と言われようがどうだって良いと思うが、彼の妙な物言いにレンブラントは眉根を寄せる。
『以前も同じ様なやり取りをしたんだよ。彼女もまた聖女になる代償に君の幸せを望んだ。厳密にはクラウディウス兄上の命の保証とレンブラント、君等への責任を問わないと約束をした。全て君の為だよ。随分と愛されていて妬けるね』
『心にもない事を言わないで下さい』
冷静に突っ込むが内心酷く動揺していた。
『さて君はどうする?』
『……僕は自分の為すべき事をするだけです。僕の望みは彼女の幸せです、変わらない』
『良いね、そういう嫌いじゃないよ。兄上にこのままあげてしまうのが惜しいね。僕が君を欲しいくらいだ』
至極嫌そうな顔をすると彼はまた笑う。
『一応言っておくけど、僕にそういった趣味はないからね』
『……では僕は失礼致します』
揶揄う様に笑っているハインリヒを尻目に、用件を伝えたレンブラントは早々に踵を返す。
『レンブラント、僕から一つ忠告をしよう。くれぐれも忠義を尽くす意味を履き違えないようにね』