テラーノベル
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昼前。
保健室のドアが、こんこんと控えめに叩かれた。
「失礼します」
担任の先生の声。
「赫くん、少し時間いいかな」
「あと……付き添いで、翠くんも」
その言葉に、
翠は一瞬だけ瞬きをした。
——俺も?
でも、すぐに理解する。
“話を聞くため”じゃない。
“赫を一人にしないため”。
「……はい」
赫が小さく返事をする。
翠は、立ち上がりながら軽く笑った。
「大丈夫だよ。俺、ただ一緒に行くだけだから」
その言い方が、
あまりにも自然で。
養護の先生も、深くは何も言わなかった。
廊下。
赫の歩幅に合わせて、
翠は半歩後ろを歩く。
「……ごめん」
赫が、ぽつりと言う。
「付き合わせて」
翠は首を振った。
「全然いいよ。暇だったし」
——嘘
——でも、正解の嘘
職員室の横の、小さな面談室。
椅子が三つ。
先生は、迷わず真ん中の椅子を赫に勧めた。
翠は、端。
「今日は来てくれてありがとう」
先生は赫を見る。
「今、しんどいかな?」
赫は、ぎゅっと手を握る。
「……ちょっとだけ」
先生は、ゆっくり頷く。
「学校でのこと、話せそう?」
赫は、小さく息を吸ってから、
ぽつぽつと話し始めた。
無視。
からかい。
物を隠されること。
先生は、メモを取りながら、
何度も赫に視線を向ける。
「それは、いつ頃から?」
「相手は同じクラス?」
全部、赫への質問。
翠は、ただ座って聞いている。
——俺のは
——誰も、メモなんて持ってすらない。
ふと、先生がこちらを見る。
「翠くんは……」
一瞬、間。
心臓が、跳ねる。
「なにか困ってることある?」
一応聞いておくような口調。
翠は、すぐに頷いた。
「いや、大丈夫です」
その一言で、
話はすぐに赫に戻った。
「今日は、このあとどうする?」
「保健室で過ごす?それとも早退も考える?」
「……保健室で」
赫が答える。
「分かった」
先生は、優しく笑った。
「必要なら、瑞くんや黄くんにも声かけるからね。」
翠は、何も言わない。
話が一段落して、
先生が立ち上がる。
「翠くん、ありがとうね」
「付き添ってくれて」
その言葉は、
感謝であって、心配じゃない。
翠は、軽く頭を下げた。
「いえ」
廊下に出る。
赫は、少しだけ肩の力が抜けていた。
「……話せてよかった」
赫が言う。
翠は、笑う。
「うん。よく、頑張ったね」
——本当に?
その問いは、
自分に向けたまま、飲み込んだ。
保健室へ戻る途中、
クラスへ向かう生徒たちとすれ違う。
自分の教室。
あのドア。
朝の水。
全部、
“なかったこと”のまま。
翠は、赫の隣を歩きながら、
静かに思った。
——俺は、付き添い
——主役じゃない
今日も、
自分の話は、始まらなかった。
コメント
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うああああぁもうダメだ死ぬ( ほんとにね、好みすぎる泣ける もう語彙力が溶けてるのはいつもどおりですはい(