テラーノベル
アプリでサクサク楽しめる
気になる事がある。
ひとまず当座が落ち着くのを待って、これを切り出すことにした。
「この、後ろの男の人は?」
一時停止された画面を指差して、まずはそのように問う。
暗い色のスーツを着込んだ若い男性。
スラリとした長身と、秀麗な顔貌は、まるでどこかのモデルのようだった。
「たぶんお付きだね。 尻尾の数が少ないもの」
胡梅さんの口から、明確な答えがあった。
なるほど、ボディガードのようなものか。
それにしても、尻尾の数?
やはり、狐のことに掛けては、彼女の右に出る者はいないようだ。
疑問はもう一つある。
「この二人、妖怪なんですよね? 狐の」
「うん。 それは間違いないよ」
自信ありげに首肯する胡梅さんに倣い、友人もコクコクと頷いた。
「神さま達は、なんで動かないんですか?」
「え?」
「いや、言い方悪いかな……。 ほら、妖怪が近づいてるって分かってるのに、どうして放っておくのかなって」
現に、各地のお稲荷さまの神使たちに、異変が生じている。
その原因は当の狐の妖怪たちで、こうして映像があるという事は、恐らく居所のほうも、すでに把握しているに違いない。
にも関わらず、どうしてアクションを起こさないのか。
「…………………」
そういった疑問を投じたところ、顔を見合わせた友人と胡梅さんは、やがて得心した様子でゆったりと首を振った。
「現代の妖怪ってね? 悪さしないんだよ」
「え?」
寝耳に水だった。
妖怪と言えば、暗がりに潜んで悪事を働くものと、相場が決まっている。
どれほどユーモラスな姿形をしていようとも、それが彼らのアイデンティティのはずだ。
「あ、違う。 いまの世の中にね、妖怪に襲われるような人は居ないってこと」
妖怪の発祥は、元をたどれば人間たちの恐怖心に由来するという。
71
1,012
KOKUGA
68
そらゝ
201
暗闇を恐れる心。 その暗闇の奥に、何かが潜んでいるのではないかと疑う心。
“恐れ”という感情は、数ある情操の中でも、とくに暗く、重く、強い。
そんなものから生じた彼らは、生まれ持った習性として、より暗澹とした場所に引き寄せられる傾向にあると。
たとえば、後ろ暗い心の陰であったり、妬みに嫉み、あるいは憎悪。
「じゃあ、“悪いことすると、何々に攫われるよ”っていうのは……」
「うん。 あながち間違いじゃないって事だよね」
現在の世の中に、そうしたものが蔓延る余地はない。
夜道は明るく、世情に屈託はなく、犯罪も無い。
「だから、きっと大妖怪はもう生まれないし、それを養う土壌もない」
そのように明言する胡梅さんの表情は、いたく真剣なものだった。
私とて、思うところはある。
彼らもまた、言うなれば被害者みたいなものだろう。
人間の脆い部分を温床に、心ならずも生を受け、人間の暗い部分を糧にして、成長した妖怪たち。
昨今の悪行・悪人の消滅に伴い、彼らの生活圏も先細りにあるという。
人間にとっては喜ばしい事のはずなのに、どこか割り切れない物を覚えてしまうのは、身勝手な同情だろうか。
「うん………?」
ふと、別の疑問が湧いた。
現代の妖怪は、決して危険なものではないと分かった。
じゃあ、どうして
「神使たちが、怖がってるっていうのは?」
思えば根幹の問題だ。
相手が人畜無害な妖怪というなら、なぜ彼らは怯えているのか。
この問いに、胡梅さんは実に分かりやすい解説を施してくれた。
「ん。 たとえば電車でさ、すぐ隣にマッチョなおじさんが座ってくると、“うおっ!?”てなるでしょ? それと同じ感じかな」
なるほど、たしかにマッチョなおじさんに罪はない。
そうすると、この一件はこれでめでたく落着という事になるのか。
たしかに一つの騒動ではあったが、断じて事件ではなかったと。
いや、まだ何か引っかかるような気がする。
コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!