テラーノベル
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気になる事がある。
ひとまず当座が落ち着くのを待って、これを切り出すことにした。
「この、後ろの男の人は?」
一時停止された画面を指差して、まずはそのように問う。
暗い色のスーツを着込んだ若い男性。
スラリとした長身と、秀麗な顔貌は、まるでどこかのモデルのようだった。
「たぶんお付きだね。 尻尾の数が少ないもの」
胡梅さんの口から、明確な答えがあった。
なるほど、ボディガードのようなものか。
それにしても、尻尾の数?
やはり、狐のことに掛けては、彼女の右に出る者はいないようだ。
疑問はもう一つある。
「この二人、妖怪なんですよね? 狐の」
「うん。 それは間違いないよ」
自信ありげに首肯する胡梅さんに倣い、友人もコクコクと頷いた。
「神さま達は、なんで動かないんですか?」
「え?」
「いや、言い方悪いかな……。 ほら、妖怪が近づいてるって分かってるのに、どうして放っておくのかなって」
現に、各地のお稲荷さまの神使たちに、異変が生じている。
その原因は当の狐の妖怪たちで、こうして映像があるという事は、恐らく居所のほうも、すでに把握しているに違いない。
にも関わらず、どうしてアクションを起こさないのか。
「…………………」
そういった疑問を投じたところ、顔を見合わせた友人と胡梅さんは、やがて得心した様子でゆったりと首を振った。
「現代の妖怪ってね? 悪さしないんだよ」
「え?」
寝耳に水だった。
妖怪と言えば、暗がりに潜んで悪事を働くものと、相場が決まっている。
どれほどユーモラスな姿形をしていようとも、それが彼らのアイデンティティのはずだ。
「あ、違う。 いまの世の中にね、妖怪に襲われるような人は居ないってこと」
妖怪の発祥は、元をたどれば人間たちの恐怖心に由来するという。
暗闇を恐れる心。 その暗闇の奥に、何かが潜んでいるのではないかと疑う心。
“恐れ”という感情は、数ある情操の中でも、とくに暗く、重く、強い。
そんなものから生じた彼らは、生まれ持った習性として、より暗澹とした場所に引き寄せられる傾向にあると。
たとえば、後ろ暗い心の陰であったり、妬みに嫉み、あるいは憎悪。
「じゃあ、“悪いことすると、何々に攫われるよ”っていうのは……」
「うん。 あながち間違いじゃないって事だよね」
現在の世の中に、そうしたものが蔓延る余地はない。
夜道は明るく、世情に屈託はなく、犯罪も無い。
「だから、きっと大妖怪はもう生まれないし、それを養う土壌もない」
そのように明言する胡梅さんの表情は、いたく真剣なものだった。
私とて、思うところはある。
彼らもまた、言うなれば被害者みたいなものだろう。
人間の脆い部分を温床に、心ならずも生を受け、人間の暗い部分を糧にして、成長した妖怪たち。
昨今の悪行・悪人の消滅に伴い、彼らの生活圏も先細りにあるという。
人間にとっては喜ばしい事のはずなのに、どこか割り切れない物を覚えてしまうのは、身勝手な同情だろうか。
「うん………?」
ふと、別の疑問が湧いた。
現代の妖怪は、決して危険なものではないと分かった。
じゃあ、どうして
「神使たちが、怖がってるっていうのは?」
思えば根幹の問題だ。
相手が人畜無害な妖怪というなら、なぜ彼らは怯えているのか。
この問いに、胡梅さんは実に分かりやすい解説を施してくれた。
「ん。 たとえば電車でさ、すぐ隣にマッチョなおじさんが座ってくると、“うおっ!?”てなるでしょ? それと同じ感じかな」
なるほど、たしかにマッチョなおじさんに罪はない。
そうすると、この一件はこれでめでたく落着という事になるのか。
たしかに一つの騒動ではあったが、断じて事件ではなかったと。
いや、まだ何か引っかかるような気がする。
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