テラーノベル
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「俺と別れて、蓮」
その言葉を聞いた時の絶望を、一体誰が分かるというのだろう。
あの瞬間に俺の世界は終わった。
激昂する俺と正反対に冷静な佐久間くんに、俺の中の絶望感は更に強くのしかかってくる。
佐久間くんは頑固だ。どれだけ説得しても、これが彼の決めたことならもう覆しはしないだろう。
その頑固さも愛してた。
でも今は、それが憎くて堪らない。
だってもう、諦めるしかないって分かってるから。
「最後に、一つだけお願い聞いて。これで終わりなら、最後に一度だけ佐久間くんを抱きしめてキスしたい。佐久間くんの温もりと感触、俺に置いていって…」
「うん、いいよ…」
頬に触れた俺の手が冷たかったのか、佐久間くんの肩がびくりと跳ねた。
それでも俺を見つめる目には恋情も愛情も存在してて。
いっそのこと、嫌いになったって言われた方がマシだった。
佐久間くんの背中に腕を回してきつく抱きしめる。この匂いも、温もりも、全部俺を安心させてくれるもの。俺を形作る要素の一つ。
だけどもう、触れられない。少なくとも恋人として触れるのはこれが最後。
こんな悲しい気持ちで佐久間くんを抱きしめたのは初めてで、それはキスも同じことだった。
触れられないならもう、俺は俺の形なんていらない。
心にどろりと昏くて重いものが溜まっていく。
多分この時俺は、世界と別れを告げる選択をしてしまったんだと思う。
何を食べても飲んでも、砂と泥水みたいな味しかしない。
…どうせ食欲もないし、だったら食べなくていいや。
ベッドに横になっても眠気は一向にこない。
…だったらもう、眠らずに佐久間くんを想う時間にしよう。
最後に触れてしまったのも、きっと良くなかった。もう二度と触れられない事実を一緒に抱えるには、俺は佐久間くんを愛し過ぎた。
夢があったんだ。
俺にとっては演じるってすごく大切で、やりがいのあることだったから。
いつかもっとたくさんの人に観て貰えるような作品に出てみたい。そして大切なグループのみんなと、もっともっと高いところまで行きたい。
でもそれは全部、隣に佐久間くんがいてくれてこそで。
俺がこの世界で誰よりも愛して、何よりも大切にしてる人。
佐久間くんがいないなら生きてても仕方ないよね。
それでも自ら絶とうとは思わなかった。そこはギリギリ理性が勝っていたのかもしれない。
ただ、佐久間くんが隣にいない今、全てが虚しくなった。
俺は何の為に頑張ってるんだろう。
そこから落ちるのは早かった。
佐久間くんも岩本くんもふっかさんも、代わる代わる声をかけてくる。
そのくらい俺はやばい状態なんだろうなって他人事みたいに思った。
大丈夫だよ。心配しないで。
お願いだから、俺のことなんて心配しないで。
中途半端に優しくなんてしないでよ。期待なんて持たせないでよ。このまま、佐久間くんを愛したまま消えさせてよ。
それでも、佐久間くんは本当に優しいから。残酷なくらいに優しいから。
俺を放っといてはくれなかった。
あの日。
相変わらず眠れないままベッドから起き上がって、台所に行ってほんの少しだけ水を飲む。
…やっぱり不味い。
起き上がった時から頭がくらくらする。リビングに行った頃には体が鉛みたいに重くて。立っていられなくて膝をついたら、体重を支えられなくてそのまま床に崩れ落ちた。
ああ、その時が来たのかもしれない。
意識が遠のいて瞼も重くなってきた。さすがに自分の今の状態は分かってる。ここで眠ったらきっともう目覚めない。
もう、それでいい。
このまま、佐久間くんへの重くなり過ぎた想いを抱えて逝けるなら。
きっとこんなものを渡されたって迷惑なだけだろうしね。
クゥン…と微かに聞こえた声に僅かに目を開ける。
「…ごめん、ね…モコ…」
たった一つ我儘が言えるなら。俺がいなくなったら佐久間くんにモコを引き取って欲しいな。愛情深い佐久間くんなら、きっとモコちゃんの寂しさも埋めてくれる。
…俺にも、その愛情を永遠に向けて欲しかったけど…。
愛してるよ佐久間くん。
だから、さよなら。