あれから、僕と小出さんは食事を済ませたあと、色々な話をした。本のこと。アニメのこと。漫画のこと。そして、この秋葉原の街についてのことを。
その時に僕は改めて思った。いや、感じたのかな。僕は確かに、勇気を出して小出さんに話しかけた。それが僕達二人の『物語』の始まりだと思っていた。だけど、それは違うのだと僕は気付かされた。
僕達は『本』で繋がれたのだということに。
それが『物語』の始まりだったのだということに。
* * *
「お会計は2800円になりまーす」
僕達は同人ショップに向かうため、お店を出ることにした。今はお会計の最中。
支払いについてはもちろん割り勘。僕も小出さんもまだ高校生だから、それが当たり前という感じ。だって二人共、お小遣いでやり繰りしているわけだし。支払いは任せて! とか言える程もらってないし。
でも、そういえば小出さんはやたらと色んなDVDなどを買っているのを思い出した。映画の前売り券も10枚買ったりしてるし。
もしかして、小出さんってお嬢様?
「あ、ダイチくん。これ。一応メンバーズカード作っておいたよー」
「あ、嬉しい! ありがとうございま……す……?」
「どうかしましたか?」
笑顔のまま小首を傾げるメグさんだけど、どうかしましたよ。それも、言葉に詰まる程に。だってそのカードのニックネーム欄には『ダマされやすいダイチくん』と書かれていたから。これじゃ恥ずかしくて再来店できないよ!
「それではメグさん、また来ますね」
小出さんはお店を出る前にペコリと一礼。やっぱり礼儀正しいな、小出さんって。じゃあ僕も挨拶をして一緒に出よう、と思った時だった。メグさんが僕の手を取ってぐいっと引き寄せてきた。そして耳打ち。
「ダイチくん、頑張ってね」
「頑張って? 何をですか?」
「チカちゃんのこと、好きなんでしょ?」
な……!?
「な、ななな。何言ってるんですか! 別にそんなことは……」
めちゃくちゃ動揺した僕である。なんで分かるの? もしかして、メグさんってエスパー?
「あはは! 隠さないでいいよー。バレバレだから。でもまあ、女の勘なのかな? あのね、チカちゃんが誰かと一緒にここに来たのは初めてなんだけど、あんなに楽しそうなチカちゃん、私初めて見たんだ」
小出さんが、楽しそう……。
「だからさ、ダイチくん。もしかしたら脈ありかもしれないよ? チカちゃんってあんまり顔に出さないからねー。分かりづらいかもしれないけど。というわけで、この百戦錬磨のメグさんからひとつ。ダイチくん、恋は自分で勝ち取るものだから。それを忘れないでね。とにかく応援してるから、頑張ってねー」
そう言って笑うメグさんだったけど、そうなんだ。バレバレなんだ。でも脈ありかもしれないんだ。だけど自分で百戦錬磨とか……。
でも、そっか。そうだったんだ。小出さん、僕と一緒にいて楽しかったんだ。初めて来たメイド喫茶で振り回されていたから全然気付かなかったけど。
なんだか嬉しいな。
「どうしたのダイチくん? 早く行こう?」
「う、うん! い、いい、今行くね!」
しどろもどろになりながらも、僕はメグさんに一礼してからお店を出た。パタンとドアを閉めた瞬間、僕と小出さんは『夢』から覚めて、『現実』へと戻っていった。そんな不思議な感覚を覚えた。
さっきのメグさんの言葉を思い出しながら、薄暗い階段を下りる。
お店に向かう時に上ってきた時と同じ階段なのに、やけに埃っぽく感じた。
* * *
「こ、ここが同人ショップなんだ」
お店を出てから、僕と小出さんは寄り道をすることなく、真っ直ぐ同人誌が売っているというショップへと向かった。
「うん。『リンゴブックス』っていうの、このお店。もっと広くて品揃えがいいお店もあるんだけど、ここにしかない同人誌もあるから。だから好きなの、私」
本のことになると相変わらずの流暢さで話す小出さんの言葉を聞きながら、僕達はそのお店があるという地下に行くため、階段を下りる。
「他にも新しいお店ができたみたいなんだけど、でもやっぱりなくなっちゃったお店もいっぱいあるかな。だけどそれ、時代の流れもあるから仕方ないがないよね。ネットショップが普及したから店舗を構えなくてもよくなったから」
「ふーん、そうなんだ。でも、確かにそうだよね。僕もよくネットで買い物するし」
「うん。だから別に悪いことではないんだよね。でも、やっぱり私は実際に手に取って本を買いたいの」
会話をしながら地下に下りて、店内へと足を踏み入れた。意外と狭いんだなあー。と、そんなことを考えながら小出さんの後をついていく。
「あ! 薄い本だ!」
「……園川くん。同人誌って呼んであげて」
「ご、ごめんね。ちゃんと同人誌って呼ぶね」
どうやらココが薄い本――もとい、同人誌のコーナーなんだ。
そして今さら気付いた僕である。小出さん、僕のことを『園川くん』って呼ぶように戻っちゃってる。恋人同士みたいでちょっと嬉しかったんだけどなあ、下の名前で呼び合うの。
「思ってたより狭いんだね、同人誌のコーナーって」
「ごめんね、本当はもっと広いお店もあるの。でも、ここがなんだか落ち着くの。あ、それと。本の裏側にサンプルが貼ってあるから」
「うん、分かった。ありがとう、小出さん。でも、こうやって売られてるんだね、同人誌って。初めて見るからすごい新鮮だよ」
そして、なんとなく目に付いた同人誌を手に取ってみる。ふむふむ、確かに裏側にサンプルが。って、え!?
「せ、千円!? コッチは千五百円!? ウソ、こんなに高いの!?」
ページ数が少ないから安いと勝手に思い込んでたけど、こんなにするんだ。かなりビックリ。あ、でもコッチは五百円だ。
「うん、ピンキリなの。でも基本的にカラーページがあったら高いかな」
「なるほど、そうなんだ。あれ? 小出さん?」
いつの間にか僕から離れた所で、小出さんは一冊一冊を手に取って、サンプルを見たり読んだりしていた。前に本屋さんで会った時と同じく、すごい俊敏さで。相変わらずすごいね、小出さん。
でも――。
「え!? こ、小出さん!?」
サンプルを見て気に入ったのであろう同人誌を、片っ端から抱きかかえていた。あれ、全部でお幾らになるんだろ……。
「全部買うんだね、小出さん。でもいいの? すっごくお金かかると思うんだけど」
小出さんはふるふると首を横に振った。
「いいの、それで。同人誌って、一期一会だから」
「一期……一会?」
「うん、そう。もしかしたら、もう二度と手に入らなくなるかもしれないから。同人サークルが解散しちゃったり、売り切れちゃったり、作った人が同人の世界から離れちゃったりするかもしれない。私、後悔はしたくないの」
その言葉には、色々な感情が込められていた。混じり気のない、小出さんの感情。それが僕の心の中に流れ込んでくる。喜び。嬉しさ。寂しさ。そして、情熱が。
僕は理解した。
小出さんにとって、同人誌のショップは宝物探しをする場所なんだ。
後悔はしたくない、か。
小出さんを見て、感情のこもった言葉の意味を理解して、僕は思う。
僕が恋をした小出さんに対して、僕も後悔はしたくない、と。
『第16話 同人誌だよ小出さん!』
終わり
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