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空乃 美晴
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雨晒しの原稿用紙
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うちの娘が三人の男にナンパされている。
彼女はとても迷惑そうな顔で明後日の方向を見ていたので、すぐに駆け付けた。
「こらこら、何やってるのっ?」
声をかけると、三人の男たちは露骨に嫌そうな顔をした。
「はぁ? そっちこそ何やってんだよ、おっさん」
「女の子を助けたい正義マン気取りか? ウける(笑)」
「ねぇ、かわいこちゃん? そこのおっさんは君の知り合い?」
散々な言われようだけど、別に気にしてはいない。
どうも俺は顔が舐められるような形状をしているらしい。
特に若い男の子にはいつも見下されているので、なんとも思わない。
しかし、俺のことが大好きなさつきが、何も思わないはずがなかった。
「むぅ」
男たちの発言にさつきが怒っていた。
頬をぷっくりと膨らませて、不機嫌そうに唇を尖らせている。
このまま言われっぱなしなのは、面白くなかったのだろう。
さつきは、こんなことを言った。
「もちろん知り合いだよ? この人は、わたしの『彼氏』ですっ」
「「「「「えぇ!?」」」」
驚愕した。男たちはもちろん、俺まで声を上げてしまった。
いやいや、彼じゃないよ!? お父さんだよ!
「嘘だろ、ありえねぇよっ」
「年の差いくつだ!? 20は離れてるだろっ」
「っつーか、釣り合わねぇ……こんな小太りのおっさんが美少女と付き合ってるなんて、許せねぇ」
彼らは俺を敵視するように睨んできた。
もちろん、俺は否定した。
「ち、違うっ。彼氏なんかじゃない!」
「えー? パパ、わたしの彼氏じゃないのー?」
「「「パパ!?」」」
またしても三人が驚く。
さつきが彼氏をパパと呼んでいるのだ。びっくりするのも当たり前だ。
「おいおい、おっさん?こいつはいけない関係なんじゃねぇの?」
「あ、オレ知ってるわ。こういうの、援助交際っていうんじゃね?」
「なるほどな。おっさんはこの子を金で買ってんのかよ……おいおい、そいつは良くねぇな」
そしてあらぬ方向に勘違いしていた。
援助交際? いやいや、普通に親子だから!
「パパ、がんばれー」
男たちの後ろでさつきが応援している。
君のせいでややこしい事態になっているのに、のほほんとしすぎだ。
「じゃあ、こうしようぜっ。おっさんは金を出す、俺たちはこの子と遊ぶ、それでウィンウィンじゃね?」
「そうだな。俺たちの方が若いしかっこいいから、絶対にいいだろ」
「ということで、おっさん……金だけ出して帰ってくんね? あ、一応オレ、ボクシングしたことあるんだけど、一発もらってみる?」
シュッシュッシュ。まるで電灯のヒモとじゃれる小学生みたいなシャドーボクシングを繰り広げる男に、俺は首を横に振った。
「暴力はよくないよ。あと、援助交際なんてしてないから……俺はただの冴えないおっさんだよ。今から、この状況を楽しんでいる小悪魔に説教しないといけないから、帰ってくれ」
「うるせぇな、いいから言うこと聞けよオラァ!」
ガシッ!と胸倉を掴まれた。
威圧すように声を荒げているが、子犬みたいなものだ。
臆病で頭の悪い犬ほど、よく吠える。
それは人間も同じだ。
「……あれ? このおっさん、ピクリとも動かねぇ!?」
胸倉を掴まれているけど、それだけだ。
一歩も動くことはない。倒れ込むなんてありえない。それも当然。
俺ほどの重量があって、体幹がしっかりしていれば、一般人に倒すことなんて絶対にできない。
俺にしりもちをつけることができるのは、同じくらいの重量級の人間か、可愛い娘の『大好きアタック』くらいである。
「……俺はただのおっさんだけど、こういう人間ほどあまり怒らせない方がいいと、忠告しておこう」
「っ!!」
両手を前に出す。反撃されると思ったのか男が殴りかかってきた。
その手を交わし、からめとり、足を払ってそのまま地面に叩きつけた。
「ぐはっ!?」
もちろん、後頭部を打ち付けないように気を付けてあげる。素人なので受身もろくにできていない。ボクサーと名乗るには、体が少し弱すぎた。
「あまり、肩書を自慢するのは、趣味じゃないんだけどね」
残りの二人にも聞こえるように、ハッキリと言っておく。
「若い頃から柔道を続けていてね。五段……黒帯をつけているよ。俺に喧嘩を売るなら、もう少し体重を増やした方がいい。今みたいに細いままなら、話にならないから」
運動神経はない。闘志も薄い。しかし俺は生まれつき太かった。
昨日今日のデブではない。生まれつきのデブだから、体の動かし方は分かっている。そしてそれが武器になるのが、格闘技。特に柔道は殴ったりしなくてすむので、俺に合っていた。
中学生から始めたならいごとだ。今は週に一回くらい道場に行って、顔見知りに挨拶する程度だけど、その技は今でも体に刻み込まれている。
初恋の人を守るために、分かりやすい強さを求めた。
おかげで普通の人間よりは、頼もしい体になってくれたと思う。
「それとも、まだ挑んでくる? これ以上はやめた方がいいよ。君たちを鎮圧してから、今度は警察を呼んで対処してもらうことになる」
普段は警備員をやっている。警察との連携も慣れたものだ。
この子たちは分かっていないだろうけど、初対面の相手に殴りかかるのは立派な傷害罪だ。俺が相手だから大事になってないけれど、これ以上エスカレートするようなら、容赦するつもりはない。
「ちっ……おい、帰るぞ!」
分が悪いと踏んだのだろう。元気のある二人が、背中を打って悶絶する一人を抱えて離れていった。
これで一件落着だ。
さて、と。
「こらっ。ああやって煽るようなこと言ったらダメだぞっ。反省しなさい」
ベンチに座ってニコニコしている娘のほっぺたをつまむ。
彼女は興奮したようにはしゃいでいた。
「パパ、すごーい! あの人がぴゅーんって飛んだ! やっぱりパパはつよーい!」
「でも、ああいうことは本当はしたくないんだから、今後は大人しくしないとダメだよ?」
さつきも巻き込まれる可能性はあるのだ。
いくら俺が守ると信頼していても、やっぱりああやって煽るのは良くない。
このあたり、俺が本気で怒っていることは感じ取ったのだろう。
たちまちに、さつきはシュンとして俯いた。
「うぅ……ごめんなさい。パパがバカにされたのが、許せなかったから……」
……まぁそうだよな。
この子が俺をバカにされて、怒らないわけがない
俺だって、さつきをバカにされたら、さつき以上のことをしでかすかもしれないのだ。
あまり怒ってばかりだと、さつきが可哀想か。
「反省したなら、それでいいよ。じゃあ、帰ってカレーでも食べよう? 食材は家にあるから、すぐに作る」
彼女から荷物を受け取るつもりで、手を差し伸べる。
しかし受け取ったのは、さつきの小さな手だった。
「うんっ。分かった!」
無邪気に笑って、ルンルンと鼻歌を口ずさみながら歩き出すさつき。
荷物持ちは俺にはさせてくれなかった。
まるで、俺が握るべきなのは荷物じゃなくて、さつきの手だと言わんばかりの態度だ。
「……まったく」
苦笑しながらも、さつきに引っ張られるままに歩く。
気持ちは、受け取ろう。疲れたように見えたら、その時に荷物は受け取ればいいや。
まったく……うちの娘は本当に可愛いなぁ――