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激しく痛み出した頭の中で、淡く美しい思い出が音声を持って再生されていく。
声の主の纏う空気は冷たい。今、店に入ってきたばかりのようだ。
「どうしたの?」
と、その男性の背後から落ち着いたトーンの女性の声が聞こえる。
一緒にやってきた恋人か、何かだろうか。
「だ、大丈夫です……少し目眩がしただけで」
「それならいいんですが……って」
男性が優奈を覗き込んで、声を止めた。
ふんわりとした黒髪、少し長めの前髪を横に流して、隙間から覗く茶色がかった瞳が力強く光り優奈を見つめている。
徐々にその瞳が大きく見開かれて、中央に優奈の姿を描くと表情は酷く驚いたものに変わっていった。
「待て、お前優奈か!」
「…………最悪」
「優奈だな!? どうした、どうしてこんなところに一人でいるんだ、しかもそんな顔色して……お前一体」
「ちょっと、いきなり叫ばないで……気持ちわる……」
吐き気にも勝る頭痛と眩暈で、優奈の視界は閉ざされていく。
それと入れ替わるように、子供の頃の馬鹿げた自分が頭の中に蘇ってきた。
何度も何度も同じ人に振られて、何度も何度もめげずに好きだと伝えた。
”退屈な大人になりたくない”と、優奈が幼い頃から彼は言っていた。
そして有言実行、退屈な大人になどならなかった。
彼は、いつも優奈に優しかったけれど、いつも優奈ではない誰かが彼女だった。大切にしてくれるけれど、妹のように思っているよと頭を撫でられた。
追いつきたくて、隣に並べる女になりたくて過ごした大学時代。それなりに彼氏も作って、綺麗だと言われるように努力して。
でも努力虚しく、現実は容赦なかった。
せっかく親に通わせてもらった大学。就活に躓いた。手応えがあったと確信を持った数社には最終面接には呼ばれず、もうダメかと諦めかけた時に滑り込むように見つけた今の工務店での仕事。
優奈は自分の底が知れた気がした。
それなのに、彼はどんどん先にいく。
手の届かない人になっていく。
そうして、今。
優奈は”退屈な大人”になった。彼がなりたくないと言ったそのものに成り下がっている。
こんな自分で、二度と彼には会いたくない。会わない。そう固く決意をしていたんだ。
つまらない大人として、つまらない毎日を繰り返している、こんな自分など。