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19 - 第16話「川であそぶ」

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2025年07月16日

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第16話「川であそぶ」
その川は、音がしなかった。

流れているはずなのに、水音が消えていた。

水面は揺れていたが、それが風のせいなのか、誰かの気配なのかはわからなかった。


ナギは、川辺に素足をつけていた。

スニーカーを脱ぎ、裾をまくりあげたハーフパンツの膝に、薄く泥がはねていた。

ミント色のTシャツは乾いているようで、背中にだけじんわり重みが残っている。


「気持ちいい?」


ユキコが小石を並べながらたずねる。

今日のユキコは、うすい水色のワンピース。

膝までの丈のすそが、水面にふれそうでふれない。

座っているのに、足が水を押さないことが──ナギはもう、あたりまえのように受け止めていた。


「……冷たくないの。不思議」

ナギは言った。


「ここは、夏の中でも“温度”が記憶でできてるから」

ユキコは、石をひとつひとつ、ていねいに川の中へ沈めていた。


「なにしてるの?」


「“向こう”と“こっち”の目印をつくってるの」


「向こう?」


ユキコは答えなかった。

けれど、ナギはうすうすわかっていた。

それは、川のむこう岸のことではなく、たぶん“この町の外”を指していた。


ふと、ナギの耳に声がした。

風の音のようで、でもはっきり「ナギ」と呼んでいた。

川の向こう側──草がしげる茂みの奥から、誰かが手を振っていた。


「……ユキコ、誰かいる」


ユキコはそちらを見なかった。


「見るとね、引っ張られちゃうよ。水の下に」


「でも、声が──」


「それ、ナギちゃんの“前の名前”で呼ばれてるのかも。思い出すと戻れなくなるよ」


ナギは、ふと両手をにぎった。

右手には自由帳。左手には石ころ。


「わたし、戻れないの?」


「ううん。でも、いまは“遊び”の時間だよ」


ユキコが笑った。

だけどその笑顔は、ガラスに映った風景みたいに、ほんのすこしぶれていた。




ふたりは、しばらく水切りをした。

ナギが投げた石は、川をぴょんぴょんと跳ねた。

けれど、水音はしなかった。跳ねたのに、沈む音がしなかった。


ユキコは小さな葉を浮かべて、それをじっと見つめていた。

風も波もないのに、葉は向こう岸に向かって、ゆっくりと流れていった。


「ナギちゃんは、“どっち”に行くのかな」


「……どっちって?」


「ここにいたい? それとも……まだ」


「まだ、わからない」


ナギは答えた。

そのとき、彼女の影だけが、水面にはっきりと映っていた。

ユキコの影は──どこにもなかった。

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