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第17話「ひまわりと迷い道」
背の高い花が、すべてこちらを見ていた。
見上げると、空はどこにもなかった。
ただ、ひまわりの黄色が空のかわりに頭上を埋め尽くしていた。
「ひまわりって、まっすぐな花だよね」
ナギはそう言いながら、足を止めた。
ミント色のTシャツはすっかり色あせて、肩のあたりに土のしみが広がっていた。
ハーフパンツのすそには、細い花びらが一枚、へばりついている。
「でもね、都のひまわりは、全部ちがう方向を向くんだよ」
ユキコが、花の影から現れた。
うすいレモン色のワンピースは、陽に透けて輪郭がぼやけていた。
首筋にかかる長い髪が、静かに風もなく揺れていた。
「道……どこにあるの?」
「ここ全部が道だよ。好きな方へ行けるの。でも、同じ場所に着くかもしれないけど」
ナギは首をかしげた。
目印になるはずのものが、ひとつもなかった。
背の高いひまわり、形が微妙に違うだけの花が、無数に並んでいる。
「じゃあ、何を信じて歩けばいいの?」
「“自分がどこから来たか”を忘れないこと」
ユキコの言葉は、少しだけ湿っていた。
ふたりは花の間を歩いた。
ナギのサンダルが乾いた土を踏み、時おり、小石が音を立てる。
でもその音は、少し遅れて耳に届いた。
まるで自分の影を、別の誰かが踏んでいるみたいに。
ナギは、ひまわりのひとつを見つめた。
その花の中心に、小さなシールのようなものが貼られていた。
「これ……」
「前に来たときに、ナギちゃんが貼ったんだよ」
「……わたし、ここに来たことあるの?」
「うん。きっと何度も。忘れちゃうけど」
ユキコは笑った。
でもその笑顔は、ほんの少し端が揺れていて、写真みたいに静止しているようだった。
「そろそろ“外”に出ようか」
ユキコが言った。
「出口なんて、あるの?」
「あるよ。出ようとした人が通った跡だけが、道になるから」
ナギは花をかき分けて進んだ。
指先がひまわりにふれるたび、ほんの少しだけ“冷たさ”を感じた。
太陽を見つめる花なのに、どれも陽を知らない目をしていた。
やがて、視界がひらけた。
そこには、ひまわりが1本もない、ぽっかり空いた空間。
草が短く生えていて、小さな切り株が1つだけ。
「ナギちゃん、ここ……覚えてる?」
ユキコの声が、花のむこうから聞こえた。
ナギは首を振った。
けれど、体の奥がすこしざわついていた。
切り株の上には、小さな紙飛行機が1つ置かれていた。
開くと、何も書かれていなかった。
「これは?」
「前にナギちゃんが飛ばしたんだよ。でも、届かなかったみたい」
「……届かなくても、いいのかな」
「うん。でも、忘れないなら、それでいい」
ナギはもう一度、空を見上げた。
空はひまわりの向こうに隠れていて、今日もどこにもなかった。