「アルベド・レイ公爵子息……レイ卿……」
「はい。ブライト様もご存じだと思いますが、アルベド・レイ公爵子息様……闇魔法の家門、問題児、異端児の公子」
「……存じております。レイ卿のことは、よく」
「ということです。まあ、そこから色々あってフィーバス卿……お父様の娘になったわけですが」
「その、色々とは?」
「私が話せるのはここまでなんですよーあとは、ご想像にお任せします」
「……」
「――って事じゃダメですか?」
「そうですね、ステラ嬢にも話したくないこととかあるでしょうし」
ブライトは、ここは引くしかないと思ったのだろう。押し黙って私の方を見る。
こちらが線を引けば入ってこないところがいいなと思った。自分もそうだからというのがあるのだろう。ここまで、いえば、きっと彼はその後を想像して、自分なりに答えを出してくるはずだと。なので、今度は、こっちが答える番だと、私はブライトに微笑みかけた。あっちがその気なら、こっちもその気にならなければならない。覚えていないのだから。
けれど、私は彼の事情も、弟……ファウダーのことも何もかも知っている。だからこそ、下手にまた言わないように気をつける。それしか出来ることは無かった。
「それで、どうぞ。ブライト様」
「……ステラ嬢は」
「はい」
「何故、そんなに壁を作るのですか?」
「はい?」
ドンとこい、と構えていたからだけ会って、その質問を投げられ、私は一瞬固まってしまった。彼は今何を言ったか。私が壁を作っているといった。でも、それは、そう……ブライトがやっているから真似したのであって。
(もしかして……?)
彼の好感度が少し揺れていた。3%と刻まれたそれは、南京錠のマークが表示されている。記憶が戻りつつある証拠だった。けれど、これも下手に喋るわけにはいかなかった。いたって冷静に慎重に。そうでなければ――
「壁を作っているとは?よく分かりません。それに、初対面の人に、全てを明かせるほど、その人と距離が近いわけじゃないですよ?ブライト様」
「……っ、そうですか」
「そうです」
「何だか、慣れないというか。こうじゃなかったような気がしたので」
と、ブライトは頭を抱えていた。もしかしたら、彼への洗脳はそこまで深いものじゃないのかも知れない。いくら、エトワール・ヴィアラッテアがもの凄い魔力を持っていたとしても、イメージが継続できなければ、その魔法は途切れてしまう。それに、多分、洗脳の魔法を継続して、続けているのはリースだろうから。でも、自分のものにしたいという気持ちは、あるのだろう。攻略キャラは自分のものだと、そう言わんばかりに。
話してしまえば、どれほど楽だろうと思う。でも、それはできない。だからこそ、ゆっくりと彼との壁を壊していければいいと思う。私が壁を作っているのは、彼が壁を作っているから。それに、彼はその内気づくだろうし。チャンスが来たのは確かだが、焦らずに距離を縮めていかないといけない。焦ったら、また彼との距離が出来てしまう。がっつきたいのは、本当に山々だけど。
「ステラ嬢……僕と、何処かであったことはありませんか」
「それは、質問ですか?」
「はい……いえ。これは…………あの時、助けてくれたのは、ステラ嬢で間違いない……それは、さっき言ったとおりですよね」
「はい。そうです。貴方の、弟が誘拐されそうだったので」
「フィーバス卿の養子になる前は、レイ卿の元にいて……貴方の側にいたのは、レイ公爵家の使用人ですか?」
「そう、ですね……」
ルチェのことだろう。久しぶりに会いたい気持ちもあるが何となく、ルチェに会いにいくのに、アウローラを連れて行ったらダメそうだということは想像できる。あまりにも、タイプが違いすぎるから。
それで、まだ、ブライトは混乱しているようで、言葉を探すように私に質問を投げてきていた。本当なら、もっと突っ込みたいところだけれど、今は聞き手にまわった方が良さそうだと。
「ヘウンデウン教との繋がりは」
「それもさっき言いましたけど、ないです。個人的に、ヘウンデウン教のことは調べていますよ」
「何故?」
「何故って、危ないからです。災厄を引き起こす混沌を目覚めさせようとしている団体だから……それに、非人道的な実験も行っていると噂に聞きますしね」
「混沌……」
ちらりと、ブライトが見る。多分、ファウダーのことを気にしてのことだろう。それを私が知っているかどうか探りを入れてきているに違いない。変な沈黙が続きながら、それを少し壊しては壁の中に戻って行くブライトとの話が続いた。
「その、ステラ嬢は大丈夫なんですか?」
「何がですか?」
「……ファウ……弟は、病気を持っているんです。触れると、移ってしまう不治の病に冒されていて……ステラ嬢は、弟に触れていらっしゃったので。その、とても心配でした。守ってくれたのは、本当に嬉しいです。ですが、貴方に何かあったかと思うと」
「私は大丈夫です。弟さん、大変ですね」
「え、ああ、はい……」
それも知っている。初めて会ったときについた嘘とそのままだった。ファウダーを他人から引き離そうとするためのどうしようもない嘘。でも、ファウダーの手を握ったら、触れたら、気持ちが落ち込んでしまうというのは、彼が混沌だからだろう。正体がばれないため、そして、周りが傷つかないために配慮してくれていたブライトのことは、今でも凄いと思っているし、尊敬している。けれど、混沌であり、でも弟であるとその間で揺れて、どっちも守れなかったブライトのことを……そして、ファウダーのことを、この世界ではどうにかしてあげたいと思った。例え、前の世界に戻るとしても。
私は、ブライトの方を見た。ソワソワとしている彼に何て声をかければ良いか分からなかった。でも、安心させてあげたかった。
「本当に、私はなんともないので。でも、本当に弟さん大変そうなので、私に出来ることがあれば、言って下さいね」
「ステラ嬢に?」
「はい!こうして、顔見知りになったわけですし、お父様に頼み込めば、領地からも出ることは出来るでしょうから。ブライト様の所に行くことも出来ますよ」
「そんな、申し訳ないです……」
ブライトはそういって視線を外した。あまり、好ましく思わないのだろう。彼の好感度が上がらないのは、そのせいかもしれない。まだ、何処か他人行儀で。
(分かってる。元から、上がりにくいタイプだったじゃん)
こうして、素っ気なくされるのが本当は辛いんだと胸がチクチクとした。大丈夫だって話し掛けたけれど、全然大丈夫じゃなくて。本当のことを話してしまいそうになる。そしたら、分かってくれるかも知れないって。
「ステラ嬢」
「何ですか、ブライト様」
「その……変かも知れませんけれど、僕のこと、ブライトって呼んでくれませんか」
「え?」
「ああ、やっぱり変ですよね。でも、何だか……貴方に、ブライト様なんて様付けされるのが気持ち悪くて……ああ、いえ、その変な意味ではなく、傷付けたのならすみません。ですが、やっぱり、しっくりこないのです」
ブライトは私の方を見た。何かを探ろうとするでも、真っ直ぐとした瞳。私に、ファウダーのことを打ち明けてくれたときの瞳と似ている気がした。輝くアメジストは。
「ブライト」
「はい」
「ブライト、これでいいですか」
「はい、ありがとうございます。ステラ様」
ステラ様、と何かが吹っ切れたように、ブライトは柔らかい笑みを私に向けた。彼の頭上の好感度は、8%に上昇した。
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