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他人から至極単純な物に見えたとしても、裏側に見え隠れする真実は、恐ろしいほどの鍛錬と、研ぎ澄まされた技術と、血の滲むような時間が凝縮されていたりする。
日頃疑問に思うことなく口に運ぶ食べ物一つとってみても、スプーン一杯に乗った味の一つひとつに、探求する誰かの努力が集約されているのは言うまでもない。
継ぎ足し、継ぎ足し生み出された秘伝のタレ然り、本当にどれだけの違いがあるものかと凡人ならば思ってしまう。
確かに味覚を可視化しデータに示せば、大きな差はないのかもしれない。しかし人というものは、その目に見えないものの奥に違いを感じ取ることができるイキモノである。
歴史や雰囲気、作り手の人柄や腕。
使う道具にそれぞれの価値観。多くの情報を加味した上で、人々はそれを『美味い』と口にしながら、満足そうに腹を満たす。
そして、串に刺さった肉がひとつ。
たったこれっぽっちのことなのに、求められるハードルは果てしなく高く険しい。
曲がりなりにも優秀すぎる者たちの元で従事してきたミアにとって、瞬間口にした肉の芳醇すぎる味わいは、ヤワな手ごころで誤魔化せるほど楽なものではないと、改めて気付かされていた。
「ウチのオーナーは本当に意地悪です。だって、完成したら施設を閉めていいなんて、心にもないことを平気で言うんですから!」
ランドが閉園した夜遅くから、どうにか街の肉屋に頭を下げ、その都度額から血が出るほど土下座し、ようやく掻き集めたクズ肉をドサッとテーブルの上に詰んだミアは、あの時に食べた串焼きの再現に励んでいた。
使い切ってしまった肉のことは仕方ないと諦めた。それよりもまず、今あるこの屑肉を、誰にも気付かれぬほど美味く仕上げればいいと割り切った。
「私が集めてきたお肉は”食べられる”レベルなだけで、決して美味しいものではありません。なにより美味しく食べられる部位でもないし、痛むギリギリのものばかりです。それでも自由に使えるものならば、今の私には十分すぎるほどです!」
対面の壁にメルローズのメモリーパックを立て掛けたミアは、これでもかと腕まくりし、ブロック肉に固めた巨大な塊に腕を突っ込んだ。
肉特有のムニュッとした感覚に背筋をブルっと震わせながら、ドンと板の上に置いた断面を、これでもかと睨んでみる。
「私だって、あれから色々考えました。私がオーナーと同じことをしても、きっとあの味は再現できません。ここへきてからずっと見てきたけど、オーナーがちょっと普通じゃないことくらい、私にだってわかってます。まだ何か秘密があるはずなんです」
もしこの屑肉を絶品の串焼きに仕立てることができたなら、目的を達することだって可能に違いない。しかし考えられる全ての方法を試し終えていたミアは、とにかく集めてみた肉を前に正座するしかなかった。
「串のコーティングや魔力を使った焼き上げの工程はきっと間違っていません。けれどそれだけでは、あのジューシーなお肉は完成しません。だったら味付けで、……いいや、でもあの時のオーナーは、秘伝のタレ以外なにも味付けしていなかったし」
こうなれば虱潰しだと、以前のように自分が使える全ての能力を羅列したミアは、使えそうなものを抜粋していった。しかしどれだけ見直したところで、目新しいものはもうなかった。
ここ数ヶ月で高めてきたコーティングの技術も頭打ちで、新たなスキルや魔法の進歩がない今、できることは一つも見つからなかった。
よくよく考えれば、ただ肉を上手く焼けるだけで大丈夫なのだろうかと、ミアの足りない頭がパニックに陥る。
ペトラは『モンスターの強化ギミックと、モンスターの安全機能の実装』をミアに依頼した。しかしイチルは、『亀肉を頂上レベルで焼き上げられるように技術を高めろ』と言っただけ。
たとえ肉を上手く焼けたとて、果たしてペトラやフレアの求める能力を得られるものだろうかと慌て、何をどうすべきかもわからなくなってしまった。
「はわわ、やっぱり私なんかじゃダメですぅ~。お肉も上手く焼けないし、強化ギミックや安全機能の実装なんて、私には荷が重すぎますぅ……」
落ち込んでは立ち直り、落ち込んではまた立ち直る。
情緒不安定な情けない声は夜中を過ぎても響き渡り、夜な夜な不気味な嘶きが聞こえると街で噂される頃になって、ミアはようやく一つの決心を固めた。
「もう私ひとりの力じゃ無理よ。こうなったら、誰かを頼るしかないわ!」
しかし問題なのは、目当てとなりそうな適任の人物がどこにもいないという根本の部分だった。
「うぅぅ、そんな人どこにいるのかしら。魔法が堪能で、頭が良くて、私の願望を叶えてくれる人なんて。……ううん、違うわ。こんな時こそ行動するの、先輩もそう言ってたもん!」
こうしてミアは、日中食事へやってくる冒険者たちから聞き込みし、魔法や戦闘、料理に関する手練を知らないか情報を集めまわった。
ランドへやってくる冒険者のレベルが高くないため目ぼしい情報はなかなか得られなかったが、とある冒険者がミアの琴線に触れるような小さな情報を与えてくれた。
「真偽の程はわからないが、南へ下ったリールという街の外れに、恐ろしく強い男がいるという噂でね。ここのところ次々に傘下を増やしているらしいんだけど、冒険者やモンスターの類でもないってことで、ギルドも大目に見てるという噂だが、街の人たちは不気味に思っていたよ」
「リールの街ですかぁ。でもリールって、それなりに発展した街ですよね?」
「ああ。しかし最近じゃ、ゼピアからあぶれた輩が街外れに居着いちまったようで、元の住民たちと揉めてるって噂さ。もし行くにしても、十分気をつけることだね」
善は急げと言わんばかり、ランドを閉めるなり準備を整えたミアは、再び大量の荷物を背負い、リールの街へと出かけていった。
しかしまさかそのリールの街が、先に出ていった子供たち二人のおかげで大騒動になっているなどとは、ミアには知る由もなかった。
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