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「本当に残念だ。お前と本気で闘う日が、この手で殺さねばならぬ日が来るとはな……。なぁ――“元”相棒?」
三者三様の戦闘形式。その一角、薊対ハイエロファント。彼等は絶妙な間合いを保ったまま、そう薊へと投げ掛けていた。
「そうだな……。これも運命って事か」
薊もかつての同僚であり、相棒へと応える。
「あの時、何故俺と共に来なかった? お前程の男が此処で終わる気か? こんな所で」
ハイエロファント――元SS級エリミネーター『蕾迦』は、その是非を問う。彼等はかつての幸人と勝弘の関係と同様、親友同士でもあった。
だからこそ、御互い敵として目の前に居る事に、納得出来ないでいるのだ。
「お前とは歩むべき道が違った。ただそれだけの事。俺は自身の信念を曲げる気は無い」
だが薊は違う。彼の答――例え親友と闘う事になっても、その心には一辺の曇りも無い。
「せめて俺の手で……葬ってやる」
その覚悟は既に出来ている。薊はハイエロファントへと手を向け、明確な意思表示を突き付けた。
「なら……逝くとこまで逝くしかないな」
視覚が機能していないハイエロファントの、その閉じた瞳の裏の程を知る事は出来ないが、両手をこれ迄ずっと入れていた革パンの両ポケットから出した事からも、やる気と殺気が伺える。
――彼等との間は、三メートル程の間が在る。間合い的に、すぐに手出し出来る位置関係には御互い無いが、彼等にそれは当てはまらない。
「…………っ!」
膠着状態が続くと思われた次の瞬間、同時に二人はその姿を消した。
居なくなったのでは無い。移動したのだ――視覚では捉えられないだけだ。
断続的に空間が破裂していく事から、両者は今この瞬間も、超速度域の攻防を繰り広げていた。
――そして薊対ハイエロファントとは対照的な、時雨対チャリオット。両者は見合ったまま、未だに膠着状態のままだ。
牽制し合っているとも云えるが、攻めあぐねているように見えるのは時雨だけで、チャリオットは腕組みしたまま余裕の佇まい。
「……何時までも突っ立ってて、どうしたのかしら? 来ないの――それとも来れない?」
しびれを切らしたとは違う、何処か余裕の口調でチャリオットは、時雨へと発破を掛けた。
「……アンタ相手に無策で突っ込む程、俺は無謀じゃねぇよ」
――とは言ったものの、正直時雨には打開策が見当たらなかった。
「へぇ? 少しは成長したじゃない。偉い偉い」
チャリオットは時雨の賢明な判断を褒めたが、何処か小馬鹿にしたよう。
“ちっ……食えない人だ。とはいえ、どうすればいい?”
チャリオット――元SS級エリミネーター『崋煉』。かつて時雨はエンペラーと雫の関係同様、彼女に師事を仰いでいた。
「怖いなら琉月と一緒に闘ったらどう? 私は別に構わないわよ」
「ざっ……けんな。琉月ちゃんの手は煩わせねぇ」
彼女の恐ろしさ、実力の程は、彼だからこそ充分に染みている。
それは自分にとって、師であるからだとか、及ばないレベル実力差とか云った問題以前の話ではなく。
寧ろレベルだけ比較すれば、時雨とチャリオットとの差は悲観する程でも無いだろう。同じ第二マックスオーバー。レベル200超に分類される者達。
「じゃあ早く掛かって来なさいな。アナタにそれが出来るなら……ね」
時雨が懸念する最大の問題は、師弟で在りながらエンペラーや雫とは違い、彼等は真逆。時雨にとって最悪の相性関係に在るという事。
「くっ……」
このままでは埒があかない――が。
時雨は特異能を発動するか否か、その判断に揺れ動き、今一歩踏み出せないままでいた。
――そして最後の一角、雫&琉月対エンペラー。
雫がエンペラーの前に立ち、その背後に琉月が悠莉を守るかのような立ち位置。
「二対一……いや、三対一か。私達を各々分断させただけでなく、この配置へ持っていくとは、中々賢明な判断だね」
薊対ハイエロファント。時雨対チャリオット。そして、最も強大なエンペラーを三人で集中砲火。エンペラーは余裕の態度を崩さないながらも、その戦略は素直に褒め称えた。
確かに戦略として、これ以上の最善策は無いだろう。
「……寝惚けるな。琉月はお前から悠莉へ手出しさせない為の護衛。お前を殺るのは、俺一人でだ」
だが雫は斜に構える居合い構えのまま、それを一笑に伏す。
「琉月……悠莉を頼んだ」
「承っております。さあ悠莉、もう少し離れましょう」
「幸人お兄ちゃん……」
雫は振り返る事無く、そして琉月は、悠莉を己が背後に下がらせた。一歩、二歩と――彼等の間合い外へと。
「これは意外だ。まさか君一人で、この私と闘うつもりだったとはね。学習能力が無いのかな? 『勝ち目の無い闘いは退け。無謀と勇気は非なるもの』――と、私の教えは伝わってなかったと見える……」
琉月が下がるのを見て、本当に一対一の構図になった事に、エンペラーはさも残念そうに雫を貶した。
以前、時雨との二人掛かりで、エンペラーには手も足も出なかったのだ。それでも尚、一人を望む雫に彼が肩を落とすのも当然。
「言いたい事は、それだけか?」
だが雫は意に介さない。
「言いたい事は山程有るよ幸人。せめて琉月と同時専攻なら、ほんの僅かだが君達に勝機も――っ!?」
――それはエンペラーが言い終わる、ほんの刹那の間の刻だった。
割り込む、凄まじい衝撃音。
「…………」
“速い! 見えなかった……私の眼でも――”
琉月もその余りの早業に、思わず目を見張る。
抜いていたのだ。一瞬で間を詰め、お喋りの最中その首筋目掛けて。
余りの速さの不意の居合い抜きに、エンペラーの首は宙に舞う――筈だった。
“そして――彼も。一体何時の間に刀を発現し、あの抜きを止めたというの?”
だが止められた。琉月は雫のそれ以上に、エンペラーのそれを怪訝に思う。
エンペラーの右手には、何時の間にか白鞘が有り、親指で垂直に鯉口を切る事で、斜め上に払う雫の居合い抜きを鍔元で止めていたのだ。
「ちっ……。もう少しでテメェの首を飛ばしてやれたのだがな」
雫は悪びれる事無く、届かなかった奇襲に舌打ちした。
「……今の抜きは良かった。うん、もう少しで私の首を飛ばせていたよ」
エンペラーも動じる事無く、雫の策というより暴挙を褒めた。それでもその表情の余裕さには、僅かな陰りすらも無いが。
話し合いの最中に攻撃。一見卑怯とも云えなくもないが、そもそも殺し合いにルールは無い。
だがそれもここまで――両者は反射的に、弾けるよう御互い距離を取る。
「どうやら少々、君を過小評価し過ぎていたみたいだな。いや済まない。……いいだろう」
そしてエンペラーは、鞘より刀身を抜いていく。
「君の成長、この刀で受けてあげるよ」
それは『遊びは終わり』という、エンペラーなりの本気である事の顕れだった。