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目の下にクマを作って出勤していた。
「楠……大丈夫か?」
五十嵐部長は心配そうに声をかけた。
「部長、おはようございます。今朝はからすがたくさん飛んでましたね」
「何、棒読みで言ってるんだよ。からす?そうでもなかったよ。なあ、顔がヤバいぞ。無理せず休んだ方いいんじゃないか?」
「え? 俺はいつも通りっすよ。来週までにやらないといけない仕事がたまってますから」
言葉と体が伴ってない。颯太は体をフラフラさせながら自分のデスクに座った。座るとすぐに肩に手を置かれた。
「楠、プライベートのことで環境変わって対応しきれてないんじゃないか?」
「余裕でその通りです」
「今日飲みに行けるか? あ、でも娘さんが……」
「いや、どうにかします。ぜひ、飲みにお願いします」
部長に飲みに誘われて俄然やる気になる颯太。仕事終わりの予定を立てる。放課後児童クラブは午後7時までだが、そのあとは誰かに頼むしかない。拍子抜けした顔をした。
「あ、そう。わかった」
「部長、すいません。一度、家に帰ってからでもいいですよね? 用事が済んだらすぐ行きますから」
「ああ、いいぞ」
五十嵐部長は自分のデスクに戻っていく。会社の付き合いも大事な仕事のうちと言い聞かせて目の前の仕事に集中した。
ーーー
「紬ちゃん、今日も早くに宿題終わらせてましたよ」
放課後児童クラブの先生が声をかけてくれた。
「そうなんですね。いつもありがとうございます。ほら、紬、帰るぞ」
ロッカーの中からランドセルをとって、背負った。紬は何言わずに颯太を追い抜いては施設の外に向かう。昨日、美羽を黙って帰らせたことにずっと怒っていた。家までの帰り道、電灯の下を通った時に話しかけた。数メートルの距離があった。
「紬? あのさ、今日会社の人との飲み会があるからさ大家さんのおばちゃんのところで待っててくれるかな。
ゲーム機持って行ってもいいから」
「別にいいけど……」
後ろ向きのまま、返事をしてスタスタと進んでいく。あっさり返事をしてくれて颯太は予想と違うことに目を丸くした。
「あ、うん。なるべく早く帰るからよろしく」
時々どうしても抜け出せない用事がある時はご近所の大家さんにお願いすることがあった。孫がいるみたいで楽しいとすごく喜んで引き受けてくれた。今流行りのゲームにもすすんで相手してくれる大家さんには感謝しかない。老眼がひどいと眼鏡をしてでもやってくれる。
母親が生きていたら祖母としてそんな対応をしてくれたのだろうかと考える。
颯太は家に着いて、紬に必要な荷物をあずけて隣の部屋の大家さんにお願いした。
紬はあることを企んでいた。平然と大家さんの家で過ごすかと思っていたがにやりと笑っていた。
頭に疑問符を浮かべながら颯太は五十嵐部長が待つ居酒屋に向かった。
乱れたネクタイを締め直した。飲みに行くのは2ヶ月ぶりだった。
朝のやる気は全然なかったが、飲みに行けると思うと足取りは軽かった。