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「ただいま」
「おう、お帰り」
高校生活にもだいぶん慣れ、帰宅時間は安定するようになった。それでも、空澄に誘われてあいつの家に行くことはあったがその時は事前に連絡を入れるようにしている。まあ、しなくても先生は察してくれるが、もしもの時のために取り敢えず連絡は入れているのだ。
(家族だからか……)
普通の家族ならそうするだろうと、普通が分からないくせに、一般人のまねごとをするのはひどく滑稽だと思いつつも、ふと気を抜くと血濡れた世界とは無関係の人間だと自分のことを思う時がある。
俺と拳銃は切っても切れない糸で結ばれているというのに。
茶の間でいつものように缶ビールをあおりながら、俺の帰りを待っていた先生は、お前も飲むかと進めてきた。
「未成年だ、ので」
「相変わらずの敬語だなあ。だが、未成年ってわかってるっていうところが偉いな」
「俺のことなんだと思ってんだ」
先生はまだ俺を何も知らない子供だと思っているのか、時々ちょっとしたことでも褒めることがある。それが最近鬱陶しく感じるようになって、たまにいら立ちも起きる。先生はそういうつもりで言っていないとわかっていても、そう思ってしまうのだ。
所謂思春期というやつだ。反抗期ともいうのかもしれない。
俺は、鞄を下ろしキッチンへ立つ。料理はここ最近できるようになった。空澄に振舞うにはまだレベルが達していないし、あのいろんなもん食って肥えた舌を満足させるには至らないだろう。それに、毎日学食を食べられるほど生活に余裕もない。といっても、学食は一度も利用したことがないが。
「梓弓は成長したなあ」
「そりゃあ、成長するだろ……ですよ。俺もいつまでも子供じゃないんだから」
「そうだな。だが、俺にとっちゃお前はまだまだ子供だ」
ガハハハッ! と先生はいつものように笑った。空澄とは違う豪快な少し品の内容に感じる笑いがその日は鬱陶しく思えた。子ども扱いされたことに対する不満だったが、俺のことを認めてくれない不満だったか。先生の言う通りいい意味でも悪い意味でも成長していると。だが、その反抗心をぶつけないのは、俺は先生にかなわないから。
そして、先生の目で射抜かれると何も言えなくなってしまうから。
「そーだ、梓弓。お前、自分の弱点を分かっているか?」
「弱点、何の。つか、いきなり……」
いきなり、先生がそんなことを言うので、葉野菜を切っていた手を止めて振り返らずにそう聞いた。先生がこう聞くときは、授業が始まる合図である。俺に質問を投げ、堪えられなければその解答と解説をしてくれる。そうして、俺は「暗殺」の技術を高めてきた。先生の教育とは暗殺の技術の向上だ。一応一般常識やマナーは教えてもらえるが、先生があくまで教えてくれるのは、血濡れた世界で生きる方法だ。
「暗殺の? 俺は、ほぼ完璧に近くなったが?」
「それが、命取りだ、梓弓。お前よりできる奴はこの世界にたくさんいる。お前なんてまだ駆け出しのひよっこだ」
と、先生は明言した。
そんなに言わなくてもいいだろうと思ったし、俺は拾われてからもう何年もこの仕事を続けている。自分の暗殺スタイルも確定しているし、先生は俺の狙撃の腕を認めてくれた。これ以上弱点が見つからない。抜かりはないはずだと。
だが、先生はぬるい。と言って不敵に笑う。
「自分の弱点を克服しなければ、隙をつかれ殺される。それは、ターゲットの雇ったボディーガードかもしれないし、はたまた同じ暗殺者かもしれない。この世界で生きていくには、常に自分の弱点を把握し克服、または補える技術が必要だ。梓弓、お前はそれを分かっていない」
「分かっていない? なら、俺の弱点は何だっていうんだ」
自分では到底気づかない。だからこそ早く答えが欲しかった。焦らされるのは好きじゃない。少しは考えろと先生は言うが、俺は答えをせがんだ。俺は自分が完璧だと思っている。そんな視野が狭くなった人間に何かを気づけと言われても気づけるはずがなかった。もともと、俺の視野はあの小さなスコープと同じぐらい狭いのだから。ターゲットのことしかとらえられない、一度標準を合わせたらそらさない目。
先生は、仕方ないなあというように人差し指を立てた。
「梓弓の弱点は、つまり近接戦での立ち回り、受け流しだ」
「近接戦」
「お前は、狙撃の腕があるからいいと怠けていたようだが、ハンドガンの技術を持っていたとしても、反射的に動けない。近接戦にめっぽう弱いんだ」
「だから、遠くから狙っているんだろうが」
俺はそう反抗したが、言われて気づいてしまっていた。確かに、近接戦にめっぽう弱い。1度へ増したことがあって、先生に助けてもらったことがあった。近接戦になると、俺は手も足も出ないだろう。そういうことを先生は言いたいのだ。
ナイフの扱い、体の動かし方、その他もろもろ、広い視野で見れないと。
「梓弓、弱点は克服しなきゃだめだ。そこを突かれるようじゃ、一流の暗殺者とは言えない。まあ、スタイルが定まって、それにプライドと誇りがあるっつうのはいいことだがな」
と、先生は言って大きな口をあけて笑っていた。
勉強は苦手だ。苦手を克服しろ、そう課題を与えられ、俺は学業部活動と両立しつつ取り敢えず模索しながら、弱点克服に努めることになった。これが本当に実戦で役に立つのか、そんな戦いにならなければいいと思いつつ、先生に言われたことだからと、親の言うことを聞く子供のように素直に俺はそれに従った。