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森叶、東京都の36歳。職業は美容整形外科医。人の笑顔をもたらす天職だ、と誇りに思っていた。が、時代が変わった。お隣の国が日本の技術を踏襲して美容整形を開始したら、案外国民にウケたようだ。だからかは知らないが、遂にウチに舞い込む相談もひねくれてきた。
「このモデルの子の顔になりたいんです」
「はあ」
「切実な願いなんです。この子になるためなら…」
最近は毎日受ける、この手の要望に絶句している。このモデルは整形の痕跡がない。骨格から別物で、素の美女の顔面には整形したって到底敵わない。第一、この手の客はそこまでブスではない。ただ当人のコンプレックスを解消する為の美容整形は、一体いつから金を積んで無理難題の理想像を現実化させる術と化してしまったのか。
定時で帰宅できる点は、この職場を評価できる箇所だ。
歩きながらふと横に目を逸らすと、そこには可愛い女のイラストがでかでかと貼り付けられていた。ビルをジャックした顔面は、どうやらアニメ化される漫画のヒロインらしい。僕はこの手の話題には疎い。
―異世界転生したら……―
所詮は二次元だ。僕はどの宗派も信じちゃいない。転生とか、馬鹿馬鹿しいにも程がある。現実味の無い物語は嫌いだ。そういや、美容整形でアニメのヒロインを要望する声も少なくない。全く眉といい顔型のシャープさといい、現実離れしたこの顔面に、僕は若干の苛立ちすら覚える。今日は早く帰宅しよう、このイラストには何ら罪はない。でもこのイラストを憎く思ってしまう、落ち着けよ、ぼ……
――ドガーーーーーーン――
眼前のビルが爆発、爆発した。窓枠が顕著に見える。取り敢えず逃げ…あああっっ
コンクリートの破片が迫っている、走る、目を瞑る。しかし無情にも身体は瓦礫瓦礫に流される。
ビルに挟まれたようだ…息ができない…吸い込むと異臭に殺やられる、ガス漏れ、やっぱり神とやらは阿保くさい。いざという時に助け船を出さない。ああ、死ぬ…あ………
―――…―――
―――…―――
「……聞いているのか、名前は何だ」
…薄い布団。どこだここは。誰だコイツ。柔和な顔…日本人か?いや、僕は死んだはずだ。恐らくはガス爆発であった。万一今助かってももう……ん?
目も耳も身体の調子も平時と同じ…助かったのか。なら、なんで今僕は病棟に居ないのか。まさか…異世界転生か、あんな虚構の事柄事柄が現実に起きるのか。異世界の癖にどうやら日本語が通じる。都合のいい異世界で救われたな。
「…ここはどこですか」
「どこって首都東京だろ、一体全体どこから来たんだお前は」
東京だ。一先ず安堵する。やはり転生なんて考える余地は無かったのだ。フィクションはフィクションだ。
「え、江戸川区民です」
「江戸川…それいつの時代だ?」
時代?何を言っているんだコイツは。そして都民なのに江戸川区を知らないのか。奥多摩とか、そんな山奥の住民には見えないが。
「…いつって、じゃあ今はいつなんですか」
「気が動転しているのか?2125年だ、2125ねん」
「あなたに騙されるような真似をしましたか、今は2025年で…」
「カレンダーを見ろ」
2125年8月15日、なんともまあ|眉唾《まゆつば》が過ぎる。大の大人をからかうというのも、大概にしてほしい。
「…はあ、外を見ろ外を」
そこには東京のありふれた景色が……東京の……え、は、はあああああ?
窓の向こうには無数に行き交うドローンのような小型飛行機、だが電線は1本も見えない。
……あ、飛行機がやって来…、、、見えなくなった。音速は超えている、ソニックブームはどうした。訳が分からない。
そして最も悍ましいのは窓が反射した象形にあった。
…コイツは誰だ。高校生か。何故か僕の手の動きにあわせて動いてやがる。
グー、チョキ、パー………理解。
……つまりこうだ。今は2125年だ、2125年の東京だ。そして僕はガキに転生した。これは夢ではない。夢にしては筋が通り過ぎている。
取り敢えず、僕は命の恩人に礼を言う。
「助けて下さりありがとうございます」
「仕事帰りに玄関前で、ずぶ濡れで倒れていたんだよ」
爆発していたのに、ずぶ濡れとは、全く意味が不明だ。そして何故彼は救急車を呼ばず、家で看病してくれたのか。僕は不思議でたまらない。
兎にも角にも家だ、家に帰らないと。
「それではまた何処かで」
「どこへ行く」
「家に帰るんですよ」
「まさか江戸川区に、か?」
「そうです」
「江戸川区は今……
僕は家を飛び出した。聞き捨てならない台詞を発しているようだったが、今はそんなことどうでもいい。
僕は走る、猪突猛進とは、まさにこの事と自覚する。
荒川を過ぎた。地元に戻ってきた。そこで僕はただ呆然とした。
「なんだ、なんなんだ、これ…」
街は消えていた。代わりに高層マンションと高層ビルが乱立し、一大経済都市と化していた。
僕だってそこまで馬鹿じゃない。その事実に気付いてはいる。だが何故だか僕の脚は、家に向かって一目散に歩みを進める。
絶句したのは言うまでもない。家の住所には、地上45階にも及ぶ国際的なビル群の一部に変わり果てていた。
…これはあれだ、詰みってやつだ。拠り所が無くなったのだ。
僕は立ち崩れた。手と膝を当てる地面は、100年前と同じアスファルトのようだ。唯一生き残ったアスファルトの存在に救われるも、行き場を失った絶望は大きい。勤め先も消えているだろう。
…それにしても、僕は誰なんだ。手は小さいが、顔立ちは悪くない。僕は突然変異でこの世に発生したのか、誰かの人格を奪ったのか、本当に分からない。謝罪すら叶わない。
哀しみと驚愕が立体交差する。そんな時だった。