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同じ頃神奈川県湯河原町幣原邸客間
倉敷史郎は東京を離れ、前統合幕僚長幣原喜三郎宅を訪れていた。
エントランスを抜けてリビングルームへ足を踏み入れると、やわらかな陽の光が、吹き抜けの室内を暖かく包み込んでいた。
座り心地の悪いノルウェー産のソファーに腰掛けて、リビングの奥に目をやると、食器棚に並べられたデンマーク産の銀食器が、イヤラシイ光を放っているのが見えた。
壁一面には、森の妖精たちが申し訳なさそうに描かれてある。
倉敷は心の中で。
「成り金の成れの果てだな、ここにある調度品なんざ。あんたにゃ似合わないよ」
と。思いながら、目の前に座る幣原には違う言葉を発したのだった。
「素敵なお住まいですね。奥様のご趣味ですか?素晴らしい絵画に出迎えられて、すっかり恐縮しております」
幣原は、煙草をふかしながら答えた。
PEACE缶を久々に目にした倉敷は、煙を我慢しながらも、そのひと言ひと言に神経を集中させた。
倉敷は大の嫌煙家なのだ。
「家内はね」
「ええ」
「元スチュワーデスだったんだよ」
「CAさんですか?」
「そうそう。どうもいかんね、時代の言葉についていけんよ」
他愛のない世間話はしばらく続いた。
見合い結婚のエピソードや、ひとり娘を幼くして無くした昔話など、倉敷にとってはどうでも良い話題ばかりが時間を浪費していく。
倉敷は、話題を変えるべく室内を詮索した。
グレイッシュブルーのマガジンラックには、大手5社の新聞が並べられてある。
倉敷は、それを見逃さなかった。
本題を切り出すには好都合である。
無駄な時間は人生の浪費。
それは、倉敷の信条だった。
「目を通すだけでも大変だ…」
倉敷の呟きに、幣原は即座に反応した。
「ああ、しかしねえ、最近の新聞ってやつはどこもつまらんよ」
「ごもっともです」
「そもそもテレビと新聞がくっついとるのが気に食わん。ほれ、俺のこともしっかりと書いてあるよ」
幣原は、煙草を消した。
倉敷は、インターネット新聞を購読していた。
それは、新聞の紙質を毛嫌いしていたからで、手が黒くなるのがどうにも許せなかったからだ。
「幣原の暴走、槇村内閣入りかなんて書かれてましたね」
「この歳で暴走なんか出来っこないよ。どうもマスコミってやつは我々を…」
その言葉を受けて、倉敷は前屈みになった。
そして、幣原の目を見てゆっくりと話し始めた。