テラーノベル
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「はぁぁぁ♡ おなかいっぱい! 幸せ!」
ホテルの部屋に戻るなり、春菜は大きなベッドへ吸い込まれるようにゴロンと寝転がった。
本場のスパイスが効いたお料理の余韻と、程よい満腹感、そして旅の心地よい疲労感がじんわりと身体に染み渡っていく。
「あはは、本当によく食った! 夜市のごはん、全部美味かったなぁ。さすが康二のおすすめだわ」
佐久間も春菜の隣にドサッと寝転がり、天井を仰ぎ見ながら満足そうに笑った。
開け放たれたバルコニーの窓からは、夜のチャオプラヤー川を渡る風が、カーテンを優しく揺らして吹き込んでくる。
しばらく静かな時間が流れた後、佐久間がふと横を向き、春菜を見つめた。
「……なぁ、なんでそんなにたくさんの言葉話せるんだ? タイに来るのも今回が初めてって言ってたよね?」
「え、うん、初めてだよ」
「じゃあなんでタイ語そんなに上手いの?」
佐久間の純粋な疑問がこもった瞳を受け止めながら、春菜は少しだけ天井を見つめ、それから小さく息を吐いた。
「話すとちょっとややこしいんだけど……、えっとね、まず私、純日本人じゃないのね」
「えっ!?」
佐久間が弾かれたように上半身を起こし、目を丸くして春菜を見た。
「クォーターってやつ。母方のおばあちゃんがドイツ人なの。だから私のお母さんもドイツ語をよく喋ってて、ドイツ語はそこから覚えたかな」
春菜は少し照れくさそうに笑いながら、自分の生い立ちを話し始めた。
「ドイツに住んでたこともあったんだぁ。本当に小さいときだけだけどね」
昔を懐かしむように目を細める。
「おばあちゃんたちがね、子どもに聞かれたら都合の悪いことを、ドイツ語で話すの。私はまだドイツ語が分からなかったから、『何話してるのー!』って聞くんだけど、全然教えてくれなくて。それが悔しくて悔しくて! おばあちゃんたちの話を聞き取れるようになってやる~!って頑張ってたら、覚えちゃった」
佐久間はベッドの上に寝そべったまま、頬杖をついて、春菜の話を興味津々に、静かに聞いている。
「日本に帰ってきても、お母さんとドイツ語で話すことも多くてね。次第に語学自体に興味が出てきて。そしたら、おばあちゃんの友達が中国で宿をやってて、手伝いを探してるって言われてね。おばあちゃんが、『あなた、言葉に興味あるんでしょう? 行ってきなさい!』って(笑)。で、あれよあれよと中国に行って、宿の手伝いで接客をしたり、現地の中学校に通ってたら、中国語が喋れるようになったんだ」
「すげぇ……フットワーク軽!」
佐久間が感心したように声を漏らす。
「中国って、色んな国の人が観光しに来るでしょ? 手伝っていた宿にも、色んな国の人たちが利用しに来ててね。中には中国語が分からない人もたくさんいたから、英語喋れると便利かなと思って、勉強した。そこで仲良くなった従業員仲間がタイの子だったから、タイ語も教えてもらったの。コムローイのことも、その子に教えてもらったんだ」
話を聞き終えた佐久間が、感嘆の声をあげる。
「はぁ~……すげぇ。簡単に言うけど、そこまで習得するには生半可な努力じゃないよな。すげぇよ、尊敬する」
佐久間の真っ直ぐな称賛に、春菜は少し気恥ずかしそうに微笑んだ。
「そんなことないよ、私のは半分趣味だもん。私、ハマるととことん追求したくなるタイプなんだ」
「へぇ、本当に語学が好きなんだなぁ」
佐久間が感心したように頷く。
💙青椒肉絲🧡
99
#あべさく
うめぼし
439
楪羽*yuzuriha*
1,542
好きな物にとことん。
その気持ちは、アニメや漫画、生き物、ダンスなど、好きな物に全力な佐久間も共感できるところだった。
少しの沈黙が流れる。
口火を切ったのは、春菜だった。
「……私ね、学生時代いじめを受けてたんだ」
春菜は天井を見ながら、少し躊躇いつつ話し出した。
「え」
佐久間の表情が、一瞬で強張った。
春菜の表情に、ふと影が落ちる。
彼女はこれまで胸の奥底に仕舞い込んでいた「傷」をゆっくりと打ち明け始めた。
「高校生の頃には日本に帰ってきてて。日本の高校に通ったんだけど、引っ込み思案でなかなか馴染めなくてさ。隅っこで本ばっか読んでる子だったの。昔から本が好きで、和書洋書に関係なく読んでた。それを見た1人の男の子が声をかけてくれたの。『すごいね』って。『おれ、英語さっぱりだから、今度教えてよ』って。私も『いいよ』って返事した。それだけ。でも、それがダメだったみたい」
「……」
佐久間は何も言わず、ただ春菜の言葉を一つも聞き逃さないように耳を傾けている。
「当時の私は知らなかったんだけど、その男の子は学年の中で一番人気のある子だったんだ。その会話を聞いてた女子たちから、呼び出されちゃって。『生意気』って言われて。そこから、いろいろ」
「いろいろって……」
佐久間の声が、低く痛ましそうに震える。
「うーん、バケツの水かけられたりとか、体操服汚されたりとか、教科書捨てられたりとか? 階段降りてたら、上から傘が降ってきたこともあったかな。幸い、当たらなかったけど」
「……それは」
佐久間が拳を握りしめ、「暴力じゃん……」と低く呟いた。
「お気に入りの本を破かれたときは、本当に悲しかったなぁ……」
他にも、思い出すだけで胸が苦しくなるようなことはたくさんあった。
でも、これ以上は佐久間を悲しませたくないし、知られたくない。
春菜は努めて明るいトーンを意識しながら言葉を続けた。
「そんなことがあってから、語学が好きな事は隠してたの。英語なんて分かりません、私は純日本人の普通の子ですってしてると、いじめはおさまった。まぁあれっきり、例の男の子と話をしなかったのも大きいんだろうけどね。それから大人になっても、やっぱり人前で語学の話をするのが怖くなっちゃって。でも、やっぱり語学は好きで、ずっと独学で学んで、今に至るって感じかな」
春菜がすべてを話し終えて息をつくと、佐久間が切なそうな、でもどこか愛おしそうな目で見つめてきた。
「……そんな辛いこと、俺に話してくれたのは、どうして?」
その問いに、天井を見ていた春菜は佐久間の方に顔を向け、まっすぐ目を見つめ返した。
「大介は、ちゃんと『私』を見てくれるって知ってるから。」
迷わず話す。
「大介は、色眼鏡で物事を見ない人だって。ちゃんと、その人の心を見れる人だって、知ってる」
シーツの上に置かれた佐久間の手に、自分の手をそっと重ねた。
「私ね、大介と知り合ってすぐくらいに、元々Snow Manのファンだったって話したでしょ?」
「うん、聞いた」
「私、それまでアイドルに疎くて。でも友達に『ダンスがやばいから見て!』って言われて動画を見たのがきっかけ。9人もいるのに、ピッタリ合ったダンスで、すごい、これって合成じゃないの?って思わず友達に聞いちゃったくらい(笑)」
「合成って!(笑)」
佐久間の顔に、いつもの人懐こい笑顔が少しだけ戻る。
「そこから動画を見るようになって、みんなが天才じゃなくて努力の人って言うことも知って、ますますファンになった。特に、大介はね。好きなもののために努力ができる人だって」
「うん? 俺?」
佐久間が自分の胸を指さして、首を傾げた。
「うん。アニメも、漫画もそうだけど、アイドルとしても。大学の体育館で、遅くまでダンスの練習してたところも見てたよ。卒業してからも、メンバーやライブの事を話す大介はキラキラしてた。それは今でも変わらない。ファンのためにどうしたら楽しんでもらえるかとか考え納得いくまでメンバーと話し合ったり。声優のお仕事も、そう。自由な時間が少ない中で、何回も何回も台本を読んで、表現の仕方を研究してるの、知ってる。いつも明るくて、お調子者な『佐久間大介』が、実は誰よりも真面目で真っ直ぐなの、私、知ってるよ」
「……」
佐久間は言葉を失ったように、ただ目を丸くしている。
「私も尊敬してる、大介のこと。お仕事に誇りを持ってて、自分を、常に高めるために頑張ってる大介のこと。グループの為に、性格まで変えたんでしょ? それこそ、生半可な努力じゃない。私には、できなかったことだから」
春菜は重ねた手に少しだけ力を込め、まっすぐに彼を見つめた。
「そんな大介だから、私は好きになったの」
にっこりと笑って伝えると、佐久間の瞳が微かに潤んだように見えた。
彼は深く息を吸い込むと、優しく、でも強い力で春菜をその胸へと引き寄せた。
「……ありがとう」
春菜の耳元で、佐久間の温かい声が響く。
「俺も、好きな物のためにいっぱい努力できる春菜が好き。俺のことを、アイドルの佐久間大介じゃなくて、一人の人間として見てくれる春菜が好き。俺のいいところも悪いところも、全部知っててそれでも愛してくれる春菜が大好き」
佐久間は彼女を抱きしめたまま、背中を優しくさすった。
「……前さ、春菜がうちに来てすぐのとき、うちを掃除してくれてたときあったでしょ? 春菜が俺のオタク部屋に入ろうとして、俺がストップかけたやつ」
「あぁ、あったね」
「春菜は掃除してくれようとしただけなのに、俺、大きな声出しちゃって……『その部屋には入らないで!』って……ごめん、びっくりさせたよな」
「ううん、全然気にしてないよ?」
「大切にしてるものを触られたり動かされたりするのが苦手で、あまり人を入れたくないんだって言ったら、春菜、『りょうかーい』ってだけ言って追求しなかったじゃん? あれ、本当に拍子抜けというか、びっくりしちゃったんだよね」
腕の中で当時の佐久間の顔を思い出し、春菜はクスッと笑った。
「あのとき大介、『それだけ?』って言ってぽかんとしてたもんね」
「いや……てっきり、食い下がられるか、嫌がられるかだと思ってたから……」
「なんで? 大事なものって人それぞれだし、一緒に住んでるからって全てを共有しないといけない訳じゃないじゃない? それだけ大介が大事にしてるものってことでしょ?」
春菜の言葉に、佐久間は抱きしめる腕にさらにぎゅっと力を込めた。
「……それ、あのときも言ってくれたよね。本当に嬉しかったんだ。俺、昔自分の好きな物を否定されたことがあってさ。まぁアニメ・漫画好きはあんまりいい目で見られないことも多いしね」
佐久間の背中にそっと手を回すと、彼のトクトクという規則正しい心音が心地よく伝わってくる。
「それなのに、春菜は全然気にしないで、鼻歌歌いながら掃除機持って別の部屋行っちゃうんだもん。拍子抜けして笑っちゃったわ」
ケラケラと笑う佐久間。
「……春菜が俺のそばにいてくれて、救われることばかりだよ。ありがとう」
「それは私もだよ。ありがとう」
顔を見合わせて自然と笑い合った。
窓の外からは、遠くの方でタイの夜の賑やかな音が微かに聞こえてくる。
「よし! 明日はついにコムローイだね!」
佐久間がパッと表情を輝かせ、春菜の手を握り直した。
「うん! 楽しみだね、大介」
傷を分け合い、お互いの存在の尊さを改めて確かめ合った夜。
異国の美しい星空の下で、2人の距離はさらに近づいたのだった。
コメント
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うわあ、第22話めっちゃ良かった…!春菜の過去とか、語学を隠してた理由とか、佐久間がオタク部屋にこだわる理由とか、お互いの傷をちゃんと分かち合えてるのが尊すぎる。「ちゃんと私を見てくれる」って言葉、グッときたわ。二人の距離が確実に縮まった夜、すごく温かい気持ちになった。次はコムローイか、楽しみ!