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月影
――この言葉を選んだら、終わる
画面には、
同じ文言が、三度目に現れていた。
外部意味付与の欠如(仮)
仮、という文字が、
妙に軽く見える。
仮である限り、
検証の余地がある。
検証の余地がある限り、
採用の可能性がある。
月影は、
カーソルをその行の上に止めた。
この文言を、
正式な評価項目に
組み込むかどうか。
判断は、
まだ彼女の手にある。
彼は知っている。
一度でも
「安定要因」として
認めてしまえば、
次はこうなる。
測定。
指標化。
推奨化。
やがて、
義務化。
「意味を与えないこと」が
制度に組み込まれた瞬間、
それはもう
意味を持つ。
そして、
意味を持ったものは、
管理される。
月影は、
ゆっくりと息を吐いた。
(これは、
守るための言葉じゃない)
(これは、
捕まえるための言葉になる)
彼は、
あのログを思い出す。
赤も黄もない行。
特記事項なし。
評価未記入。
あの静かな利用者。
あれは、
誰かが与えた理論の結果ではない。
選ばれた、
だけだ。
もし今、
この文言を選べば。
制度は、
「意味を与えない状態」を
設計し始める。
手順書ができる。
最適化される。
配分が決まる。
そして、
それはもう
自発ではなくなる。
月影は、
自分の指先が
わずかに震えているのを
見ていた。
怖いのは、
言葉ではない。
この言葉が、
あまりに
正しく見えることだ。
安定している。
利用者は離れない。
炎上もない。
「効果がある」と
言えてしまう。
だからこそ、
終わる。
終わる、とは
何が。
制度の整合性か。
未選択の余白か。
それとも、
まだ名前を持たない
誰かの自由か。
月影は、
そこまで言語化しなかった。
言語化した瞬間、
それもまた
項目になる。
彼は、
入力欄を開き、
一度だけ
文章を打ち込む。
安定要因:
外部意味付与の欠如(仮)
そして、
それを
削除した。
代わりに、
別の語を置く。
観測上、
特筆すべき変動なし
冷たい。
曖昧。
逃げの表現。
だが、
まだ捕まえない。
月影は、
自分に言い聞かせる。
(これは、
選ばない)
(少なくとも、
今は)
送信ボタンを押す。
ログは更新される。
言葉は、
制度に
固定されなかった。
その瞬間、
どこかで
別の文書が
更新されている。
月影は知らない。
誰かが
花子の言葉を
検証対象として
整理し始めていることを。
彼は、
ただ理解している。
この言葉を
自分が選んだら、
未選択は消える。
そして、
一度消えた余白は、
二度と戻らない。
画面を閉じる前に、
月影は
未選択フォルダを
もう一度だけ見る。
まだ、
残っている。
それだけで、
今日は十分だった。
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