昼ごはんはリゾットにした。
なんてことはない。
玉ねぎとベーコンを切って、冷凍のほうれん草を入れて牛乳とごはんチーズぶっかけたら終わりだ。
もっといろいろ手の込んだものを食べさせてあげたいけれど、時間がかかって仕方ない。
ぱぱっとできて
でも手抜きにならないもの。
「るなさんチーズいっぱい?」
「チーズいっぱいにします」
俺の問いかけに、わーいって両手をあげて喜んでいる。
「それにしても…なんで俺の背中にくっついてるの?」
料理してる後ろでは、なにやらるなさんがくっついたり離れたりしていた。
「ぎゃくしゅうです!!」
「逆襲!?」
まさかその可愛い仕草が逆襲だったとは。
俺何かしたんか!!
幸いるなさんの声色から怒りの色はない。
「何かしたかな…」
恐る恐るきけば、返事の代わりにおでこをぐりぐりされた。背中にちっちゃな摩擦を感じる。
「なんでもないもん」
ちょっと拗ねた声で、るなさんは言った。
そのまま、るなさんを背中にくっつけてお皿にリゾットを盛った。
なんだろう、るなさんてほんとマジで天然なんだな。知ってたんだけどさ。
駅構内でちらちらとるなさんを追う視線に気づいた。男子高校生から大人の男まで、大抵横にいる俺を見て慌てて視線を外すのだが。
嫌だなぁと思いつつも、きっと逆の立場なら目で追っていたに違いない。
ふんわりとした装いに、柔らかい声で無邪気にしてるるなさんにハラハラする。
くるくるまわったりして、スカートの裾がふわふわしてた。
その仕草を含めて全部似合ってた。
募り募らせて棚ぼたで実った俺の恋は、毎回ブレーキをかけるのに必死で。
それは、今日も然り。
「るなさーん、ご飯たべよ…」
背中にくっつく史上最強に可愛い生き物は、俺から離れようとはしなかった。
ぺたりとくっついたまま。
「どうしたの?ねむいの?」
「シヴァさんるなね、子どもじゃないんですよ!?」
やべっ地雷踏んだ。即座に謝る。
「ご、ごめん」
「るなもちゃんと大人の女のひとなんです!」
るなさんからぷすぷすと怒りの音が聞こえた。
「…彼氏に甘えたら、だめなの?」
回り込んで俺の顔をじっと見て吐かれた台詞。
拗ねた顔の奥にあるるなさんの気持ちにたじろいだ。
…今それを言うんかい。
余裕ないって俺言ったのに。
ぐぐっといろんな衝動を抑え込む。
でもこれであしらってしまったら、るなさんのほっぺがさらに膨れる。
観念してお皿を置き、小さな背中に手を回した。
ふわんと甘い香りが鼻先をくすぐる。
相変わらずの小ささに、可愛らしくて心臓がきゅっと縮んだ。
…あーあ。今日俺大丈夫なのか…。
煩悩と戦ったり呆れたりしていると、満足したのか満面の笑みのるなさんと目が合う。
ほんわかした空気に酔いしれていると、お互いのお腹がぐぅ、となった。
「…リゾット、食べたいな」
「お腹すいたよね」
腹の虫に救われて、食欲を満たされるべく支度を始めた。
昼ごはんを食べ終わり、さてと次はケーキの話をるなさんにしなければならない。
「るなさんケーキなんだけどね、実は予約を…してまして」
「え!?そうなんですか!?」
ホールを当日買いにいってないなんてことは避けたいから、事前に予約をしておいた。
そして、るなさんに会う前にとりにいっておいたのだ。
「わ〜うれしい〜!」
るなさんはベッドにおいてあった、俺の人形(カエル)を膝にのっけて喜んでいる。
そこ代われと言いたくなる。言えねえけど。
るなさんはケーキが気になるらしく、覗いていいかと俺に聞いてきた。
「いいよ、むしろ食べちゃう?」
「えへへ、るなも食べたくて…」
本当は夜に食べるべきだろうが、ケーキがあると思うと甘いものを欲してて。
冷蔵庫からそっと取り出しテーブルの上に置いた。止められていたテープを丁寧に剥がし箱を開けると甘くて冷たい空気がふわっと出ていく。
るなさんがわぁっと感嘆のため息をついた。
「かわいい…!」
るなさんの好きな色のピンク。
側面には垂れたようにコーティングされ、生クリームの白とピンクのグラデーションが綺麗だ。
トップは花びらのような薄いチョコレートが何枚も重なっていて
ちいさくまぁるいクリームが行儀良く円を描き、たくさんのフルーツがナパージュで艶めいていた。
サイズは四号。
るなさんが手に持ったら可愛いだろうなと想像しながら即決したものだった。
「えっと、一応なんか美味しいお店のやつだから。のあさんとえとさんも食べたことあるって言ってたし…」
“ここのケーキるなさんも食べたことあるよ、美味しいってぱくぱく食べてた!”
のあさんとえとさんのお墨付きなら大丈夫だろう、と思ったんだけど…
ここまで喋ってるなさんが先ほどから動いてないのに気づいた。
ケーキを凝視している。
「これ、じゃあ…シヴァさんが選んでくれたの?」
「そう」
「すごい…るなの好きがわかるんですね…」
ぱぁって
また明るい笑顔…とは違う。
眉を下げて、何かに迷ったように視線を彷徨わせた。
「?るなさん」
想像とは違う反応に不安になる。
「嬉しいです」
にこ、と笑顔をつくった
少しばかりの沈黙。
「ふと思うんですよ。るなずるいのかもしれないって」
るなさんが訥々と話し始めた。
「からぴちやめるって決めて、お手紙渡してお付き合いがはじまって…上手く言えないんですけど、その」
「辞めたのに、一番近くにいるから。るなずるいこだなって」
「…」
「だから…その…」
るなさんの感情は、後ろめたさがあるということか。グループを抜けた後そのうちの一人と付き合いだして、一番近くにいる権利を持ってしまって。
リスナーのみんなのことを考えての、後ろめたさなんだろう。
「ずるいとか、そんなのは関係ない」
「シヴァさん」
「きっかけはるなさんが辞める時だったけど、そんなのただの偶然だ。俺もるなさんもお互い惹かれあった。それ以上でもそれ以下でもない。」
何がベストだったのか、なんて考えたら答えなんてない。
言ってしまえば選んだ道は全て正解だということだ。
「偶然は全部必然だったんだ」
そう思っていたほうが良い。
「付き合ってもお互い優先すべきことを頑張っているんだから、いいんだよ」
俺はこの活動で、るなさんにとっては学業だ。
「ずるいとか、そんなことない。むしろるなさんが手紙をくれたからこそ、はじまることが出来たから」
うっすらと、るなさんの目に涙が浮かぶ。
かわいそうとか、そんな感情ではなくて、愛おしさが込み上げてきた。
「リスナーのみんなには悪いけど、俺は一番近くにいれて嬉しい。」
るなさんの手が俺の腕に伸びる。
意図することがわかって、自分の腕をるなさんの背中に回して引き寄せた。
「気遣いが上手で、頑張り屋さんだから潰れないか心配してた。そこを支える権利を得たんだから存分に発揮するわ」
危なっかしくて決して強くはないのに、真面目で努力家で心配だった。
誰か守ってあげてよ、とよく思っていた。
その役割が自分にあるのなら、全力で守りたい。
「…るなさん、19歳のお誕生日おめでとう」
胸のなかに収まるるなさんに小さく声をかけた。
「いつもよく頑張ってて、えらいな。なんかあったら全力で守るから」
「目の前の、るなさんが正しいと思う道に進んでごらん。後ろでちゃんと支えてあげる」
「大丈夫だよ」
あぁ。
やっとわかった気がする。
付き合うってこういうことなんだな。
一番の味方であり続けることなのか。
「…ぅー」
「どしたの」
声をかけても、るなさんは顔を上げようとはしなかった。
胸のなかでモゾモゾ動いて、すぅはぁって何やら呼吸を整えてる。
落ち着いたのか、ゆっくり顔を上げた。
「シヴァさんいまの告白イケメンですね…」
「ははは、るなさんにそう言われたら光栄です」
なおきりさんやうりみたいに外見で勝負できねーから、気持ちくらいはイケメンになりたいだろ。
「あー、あのさ。るなさんちょっと渡したいものあって…今が一番ベストなんだけど。いっかな?」
「なんですか?」
ちょっと待ってて、と声をかけ
急いで浴室に行きあるものを取りに行く。
「これ…」
「わかる?」
小さなブーケをるなさんに差し出した。
「牡丹だよ」
「牡丹って」
「そ、渡した花ね」
お別れの時に渡した花だ。
「別れの時に花を渡したって事実を、どうしても変えたくて。なんか牡丹みたらその都度悲しくなっちゃうだろ。だから」
「嬉しい時に渡し直したかったんだ」
牡丹の花が六本。るなさんの胸に抱かれた。
「これからもよろしくね」
柄にもなく花なんて、と思ったが。
たまにはいいかななんて。
るなさんは花を見つめて、そのままぎゅーっと抱きしめていた。
喜んでくれたのか。よかった。
「ケーキ、切ろうか。ナイフだしてーーーおわ!?」
テーブルの上に置かれたままのケーキに気づいて体の向きを変えようとしたら、るなさんが俺の首に手を回した。
必然的にやや屈む体勢になる。
「ケーキなの?」
「んぇえ??」
「ケーキ食べるの??」
「え、だって、ケーキでてるけど…」
いやだってケーキ食べるって話してなかったっけ。
「ケーキと、るな…どっちがいいの」
「…は?」
今の言葉はるなさんの口からでたのか?
一気に思考が停止する。
至近距離のるなさんはまた少しむくれていた。
どうやら本気で言ってると理解すると、胸の奥からじわじわと何かが込み上げてくる。
…そんなこと言われたら。
どうしろってんだよ…。
「るなさん俺余裕ないって言ったよな」
じりじりと、焦燥感に駆られる。
「る、るなもないもん」
「そーなの?」
「そ、そーだもん」
でももう体の半分は理性が効かなくなってて。
細い腰に手が伸びた。ぴくりとるなさんの体が跳ねる。
この時点で変態だななんだの言われたら、それはもうるなさんのせいだわ。
「…シヴァさんの、いじわる…」
「っくそ」
半ば強引に唇を押し当てる。
なんでこんな煽るのが上手いのか。
今のいままでの想いが一気に爆発して、時間も何もかもどうでもよくなった。
目の前にいる彼女が欲しくて堪らない。
「しばさ、まって」
「焚き付けたのはるなさんだろ」
「んん、う」
初めは優しくとはよくいうが。実行できる男の胸の内をぜひ聞きたい。
よっぽど余裕のあるやつなのだろうか。場数が違うとか。俺はない。
「んんっ、ふ、はぁ…」
こんな甘い吐息を聞かされたら、止まるどころか加速する。
「と、とりあえずケーキ…」
「俺が片付ける」
しきりに後ろのケーキを気にするるなさんを、逃すまいとさらに腰を強く引いた。
二、三度強く口付けし、るなさんから離れてケーキを冷蔵庫へしまう。
「おいで」
そのまま流れ作業のようにるなさんの手を引いて、ベッドに座らせた。
淵に膝をつく。もう一度狭まるふたりの距離に今度は重みを加えて。
るなさんの潤んだ目と唇、少し乱れた装いは誘惑でしかなくて。
「もう無理。…我慢できない」
ふたりで
ベッドへと倒れ込んだ。
コメント
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わわわわ ッ ! ! やっぱり svrn いいですね … 、 のななさんの連載で svrn 大好きになりました … ✨
爆 速 で 書 き ま し た。 もうこの辺り書きたくてエピ1から書いてたようなモンです。