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輝馬はノートパソコンを開くと、ネットアプリのページを睨み落とした。
120万円の振込が済んだ口座の残金は72万円。
今すぐ生活に困るわけではないが、近々無職になることを思えば、決して十分な蓄えとは言えない。
オンラインカジノ。
それにこれからの人生のすべてをかけるなんて馬鹿なことはしないが、できれば元手の数倍は稼ぎたい。
しかし、「広告を貼る」だけで皆がタップし、アプリを利用するわけがないなんて、サルでもわかる。
現に自分が利用していたSNSの3ヶ所に簡単な宣伝を加えて貼り付けてみたが、タップは3件、入会は0件だった。
やはり狙うなら「オンラインカジノに興味のある人」を掴まないと意味がない。
今回、オンラインカジノを利用するにあたり、複数のサイトを梯子して何回か見かけた手口がある。
それは、「そこはヤバイけどうちは安心」方式だ。
まずはフリーページを作成。
有名どころのオンラインカジノを数件上げてみて、その体験談や考察を載せる。
悪い噂や評判をそのまま書き、さらには自分の損失金額をリアルに載せることで、閲覧者の信用性を高める。
「なんだ、やっぱりそううまくはいかないよな」
閲覧者が諦めたところで、自分のサイトの宣伝をする。
さらには自分の顔写真を載せ、元大手ゲーム会社企画部開発チームなどと事実を織り交ぜた適当な肩書を付けておけばーーー。
面白いようにサルは釣れる。
見よう見まねで無料素材を使い、簡単なフリーページを作った。
アクセス数230PV。
サイト登録数6。
初日にしては悪くない数字だ。
輝馬は目を細めた。
これでもっと凝った内容のフリーページを作り、アクセス率が高くなるようにして、さらには公式と評したLAINページも開設。質問や悩みに応えるなどと銘打って専門性をアピールする。
やっていることはただ広告を貼りつけているサルどもと変わらない。
しかしそこに専門性が入り、信頼性がくっつけば、もともと気になって検索をかけた人間が、「ここなら安全そう」だと思い込み、「試すならここにしよう」とタップする。
そこで輝馬が選んだコース、Premiumが生きてくる。
98%の驚異の還元率。
これがおそらくは日ごろパチンコやスロットなどの還元率85%そこそこのギャンブルに慣れた人間を、「稼げる」と錯覚させる。
そして類は友を呼び、どんどん誘導してくれる。
一度その仕組みさえ作ってしまえば、サイトが存続する限り、半永久的に金が入ってくる。
自分にはYMDホールディングスという肩書がある。
企画部で身に着けた宣伝のノウハウもある。
できる。俺なら……!
それは、自信過剰ではないはずだった。
輝馬は前髪を軽くかきあげると、淹れたばかりのブラックコーヒーをすすりながらパソコンの画面を睨んだ。
◇◇◇◇
それからは朝も夜もなく、一心不乱にフリーページの作成に当たった。
よりわかりやすく、より専門的に。
他社のオンラインカジノの記事のために、全てのアプリに登録し、一通りプレイもした。
そのおかげで72万円あった貯金は60万とちょっとに減ってしまった。
それでも確実にバックは来ている。
サイトを始めてから3日目、昨日の収益は、1日でなんと3万円だった。
他のオンラインカジノですった6万円と比べるとマイナスだが、長い目で見て1日で3万円稼げるという実績は嬉しい。
つまりは毎日これくらいコンスタントに稼げれば、月90万円、何もしなくとも入ってくるということだ。
いける。
しばらくは何もしなくとも生きていける。
その間、失業保険をもらってもいいし、YMDホールディングスに一方的な雇用形態の変更と銘打って裁判を起こしてもいい。
未来は多方向に広がっている。
企画部にいたころよりもずっと。
輝馬が顔を上げたところで、
Prrrrrrrrr
Prrrrrrrrr
パソコン脇に置いていたスマートフォンがなった。
【首藤 灯莉】
サイトからの大事な連絡かもしれない。
輝馬は顔をしかめつつもスマートフォンを耳に当てた。
『市川君……!?』
切羽詰まったような首藤の声が響いた。
『大変なことが起こったの。今から会えない?』
◆◆◆◆
駅前のカフェを提案したのだが、誰にも聞かれたくないということで、しぶしぶ自分のマンションを教えると、首藤灯莉はものの数十分でやってきた。
「へえ……結構新しいマンションね。男の一人暮らしだっていいながら綺麗にしてるんじゃない」
首藤はきょろきょろと部屋を見回すと、輝馬を見て照れくさそうにはにかんだ。
「ねえいいから、早く話せよ。何が起こったって?」
輝馬はイラつきながら、彼女にソファを進めると、自分は離れるようにキッチンに回った。
せっかく峰岸といい感じなのに、部屋に女を連れ込んでいるのが万が一にもバレたくない。
しかも相手は首藤灯莉だ。
今は自分に興味がなかったとしても、捉えようによっては、峰岸が誤解する可能性だってある。
「それがねー?」
首藤はドカッとソファに座ると、なにやら資料をローテーブルに広げ出した。
「サイトのメンバーの中に、違法勧誘をしてる人が何人もいたらしくて」
「違法勧誘?」
輝馬は眉をひそめた。
「つまりは、私が市川君にしたみたいに、サイト名を名乗って、こういう商売ですって説明して勧誘する。これが正規の流れなんだけど、その人たちはマッチングアプリを使って、恋愛目的で近づいてきた人に、身分や目的を告知しないで会って、強制的にサイトに引き込んだり、サッカーのサークルとかカラオケサークルとかを名乗って、新しく入った人を強引に引き込むとかしてたらしいのよ」
首藤はローテーブルの上に資料を並べ直すと、眉間に皺を寄せて何度も頷いた。
「難しいことはわかんないけど、この不告知っていうのが悪いらしくて……ほら、ここ。『訪問販売の際には勧誘目的であることを明示することが義務付けられております。違反した場合は重い罰則が適用されます』ってことらしいの」
首藤は資料を半ばそのまま読みながら言った。
「それって、俺らと何か関係ある?俺たちがそうしなきゃいいってだけだろ」
輝馬は沸き上がったヤカンのお湯をインスタントコーヒーの粉を入れたコップに注ぎながら眉を顰めた。
「それが大ありなのよ!今回、度重なる違法勧誘によって、このサイト自体が告発されたの!」
「………なんだって?」
輝馬はいよいよ眉を顰めた。
「なんでそんなこと……入ったばかりなのに」
「市川君にとってはそうよね」
首藤は同情の視線を投げかけながら、コーヒーを置いて隣に座った輝馬を見上げた。
「でもサイトもバカじゃないから。次の手をもう打ってある。大丈夫よ」
そう言いながらいよいよ資料を翳してきた。
「商標登録を変えたの。簡単に言えば、名前を変えて、いちから立ち上げたってことなんだけど、システムは変わってない。還元率もそのまま。市川君は今広告として貼っているサイトのURLを変更するだけ」
輝馬は首藤が渡してきたマニュアルをのぞき込んだ。
「ゲームは少しイラストを変えてあるだけで同じだし、還元率も同じだから、プレイヤーが困惑することも少ないと思う。だから引き続きサイトの活動はしていいんだけど、契約が変わるのね」
当然だ。
社名が変わるなら契約もやり直しというわけだ。
「それで一つ問題があるんだけど」
「?」
輝馬は首藤を振り返った。
「もう一度、サイト運営の入会金が必要なの」
◆◆◆◆
輝馬は首藤が帰り、小さなローテーブルを覆うように広げられた資料を眺めた。
入会金と銘打ってはいるが、つまりは商標が変わったことにより、発生した資金を、サイト運営者である自分たちが負担するということらしい。
要はこのまま同じように広告を貼り続けるには、Normalが10万円、Royalが30万円、そしてPremiumは70万円払えということらしい。
「バカにしやがって……!!」
輝馬はしまっていた名刺を引っ張り出し、スマートフォンに留守の電話番号を入れた。
「…………」
しかし考えてみれば、彼もグループホストとはいえ、首藤や自分と同じただのプレイヤーの一人にすぎない。
************
『んで?首藤はどうしたんだよ……?』
輝馬の質問に、首藤は間髪入れずに答えた。
『もちろんまた入会したよ。ここで終わるわけにいかないもん』
************
「――――」
そうだ。
自分だってここで終わるわけにはいかない。
何のために120万円払ったと思っている。
何のために、昼夜問わずフリーページを作ったと思っている。
ここで引いたらただの120万円の大損をするだけだ。
輝馬は手にしたスマートフォンで留守に電話するのではなく代わりにネットアプリを開いた。
残金66万円。
直に入る最後の給料は手取りで22万円。合わせて88万円。
光熱費、カードの支払い、通信料や家賃で大体16万円は飛んでいくことを考えると、残りは72万円。そこから70万となると、
「ギリギリだな……」
輝馬はネットアプリを睨んだ。
しかし乗り掛かった舟だ。
これでやめてしまったのではせっかく獲得したユーザーを手放すことになる。
「やるしかない……!」
輝馬はLAIN画面を開いた。
頭の片隅で、城咲はどうしたんだろうかという疑問が浮かんだが、首藤のトーク画面が開かれた頃にはそんなことも忘れていた。