「……どういうことだ……?」
輝馬はゲームサイトの画面を見つめた。
社名やゲーム名が変わってから新規のユーザーが一人も入ってきていない。
それどころか、変更前に登録したユーザーたちもプレイして金を落としていない。
風評被害?
そんなのはプレイする側にとっては関係ないはずなのに。
輝馬は親指の爪を噛んだ。
(……稼げればいいんじゃねえのかよ。遊べれば文句ないんじゃねえのかよ。リスクもないのにビビりやがって……!こっちはリスクを抱えながら、金まで投資してるんだぞ……!)
ピロン。
そのときパソコンに通知が届いた。
【「3年4組」からグループワイプスの招待があります】
「…………」
輝馬は壁時計を見上げた。
(もうそんな時間か)
通知を開き、そこからグループワイプスに繋ぐ。
今日の参加者は18人。
いつもより多い。
『おっつー!』
『おつかれぇ』
メンバーの顔を見る。
珍しく今日は峰岸はいないようだった。
『ほんじゃ今日もー?』
『かんぱあい!』
……18人。
18人か……。
輝馬はいつも以上に頭の悪そうに見えるクラスメイト達を見つめた。
18人入れば、とりあえず今週のノルマは達成だ。
あとは時と共に風評被害が消え、フリーページの効果も少しずつ回復してくれば、軌道に乗っていくはずだ。
ーーー度重なる違法勧誘で、このサイト自体が告発されたの。
首藤の言葉が脳裏を霞める。
もしここで自分がこいつらをゲームに勧誘したとして……。
それは違法勧誘には当たらないはずだ。
(え、そうだよな。身分を偽ってはいないし。俺がメンバーを集めたわけでもないし)
輝馬はこのグループの主催者である赤坂みどりの顔を見つめ、名前も覚えていないメンバーが混ざる画面を見つめた。
その中には、早くも頬を赤くしている佐藤の顔もある。
(友達と飲んでて、世間話程度で誘った。それなら問題ないはず……!)
輝馬は息を吸った。
『そういえばさ!』
先に口を開いたのは、高校時代クラスでお調子者だった、清野だった。
『俺、今日、なんか面白いアプリないかなーって思って、ゲームストア徘徊してたんだけどさ。めっちゃ面白いゲーム見つけてー』
清野はそう言いながらキーボードをカタカタといじった。
【共有リクエストがあります】
通知が届く。
『なになに?』
『これを開けばいいの?』
元クラスメイト達がのぞき込む。
「?」
輝馬も他のメンバー同様にその画面を開いた。
「……!!」
暗い画面。
その中央に、猫背の太った女子高生のリアルなイラスト。
目だけが赤く光り、こちらを睨んでいる。
画面を覆う血飛沫。
その中心に、
『ストーカー地獄。アカリちゃん』という歪んだ字が表示されていた。
『製作、YMDホールディングス!』
清野が右下に表示されている字を読み上げる。
『これってさ、もしかしなくても市川が作ったゲーム?』
そう言った瞬間、
『すげえ!このイラストそっくり!!』
誰かが笑った。
『そうそう!思い出したわ!こんな顔してた!』
誰かが続き、
『これはちょっと露骨すぎなーい?』
誰かが笑いをこらえる。
『いや、いいと思うよ!』
誰かが唸り、
『市川ナイス!最高!!』
誰かが叫んだ。
数日前、首藤灯莉の変貌を絶賛した元クラスメイトたちは、そのときと全く同じテンションで今度は嘲笑した。
「………やられた」
輝馬はマイクにも入らないような小さな声で呟いた。
企画会議には確かに『アカリちゃん』で提出した。
しかし万が一にも企画が通れば、その名前は変更しようと考えていた。
つまり、企画は通った……?
自分は企画部に存続できた……?
しかし、もうすでに会社からの連絡を無視して、1週間も無断欠勤をしてしまっている。
(終わった………)
『わるい』
輝馬が呆然と口を開けたところで、低い声が響いた。
『俺、今日パス。……お疲れ』
通知が届く。
【佐藤が退室しました】
「…………」
輝馬は大きく息を吸い込むと、それをゆっくりと吐き出した。
佐藤が退室したことにより、少し興ざめした今週のワイプスは、だらだらととめどない話をした後、なんとなくお開きになった。
「ーーーふう」
輝馬は自分以外の18個のモニターが暗転するのを見送り、ため息をついた。
企画は通っていた。
会社からの電話はその内容だったのかもしれない。
しかしもうその電話を完全に無視して、5日間も経ってしまった。
今さら連絡したところでーー。
Prrrrrrr
Prrrrrrr
普段の着信音より短いコールが鳴った。
スマートフォンをのぞき込むと、LAINの着信だ。
開くと、佐藤からだった。
Prrrrrrr
Prrrrrrr
これは、怒りの電話だろうか。
どう誤魔化すべきか。
アカリなんて決して多い名前ではないし、なによりゲームのキャラデザインが、輝馬が企画書に添付した首藤を模したイラストそのままだったから、言い逃れできない。
正直に伝えるしかないだろうか。
全てを、正直に―――?
「……………」
ダメだ。
もし正直に全て話したら、自分のYMDホールディングスの肩書も、企画部の威厳も、高校時代で培ったイメージまで、全てが失われてしまう。
さらにそれだけにはとどまらず、おそらくはやっと手に入れた峰岸まで――。
かくなる上は……。
輝馬は意を決して電話に出た。
「はい」
『あ、市川か?』
怒気のこもった低い声で電話してきたかと思いきや、電話口の彼は変に慌てた高い声を出した
『悪い。実は、さっきのワイプスについてなんだけどさ……』
佐藤はどもりながら言った。
「ああ……。あのゲーム、俺が企画として出したのは本当だよ」
輝馬は言葉を選びながら言った。
「でも採用されるなんて思ってなかったし、ただの案だったんだ。もし採用されるってわかってたら、名前も設定も変えようと思ってたんだよ」
一度口を開くと言葉がスラスラと出てきた。
「企画部の部長にさ、ホラーゲーム考えろって課題をもらってさ。俺だけじゃなくて企画部全体が、だよ?だからその一案として、『そういえば高校時代怖かったなー』と思って書いて見ただけなんだよ。それが採用されてただなんて、俺自身知らなくてさ」
『ああ……そうなのか』
「もしこのことで首藤が何か傷ついたり気に病むような可能性があれば、俺の方からちゃんと話すし、謝罪もする。
……でもその時は、ちゃんと彼女からも謝ってほしい。高校時代のこと。俺があいつを本当に怖かったのは事実だから」
言葉にしてみて初めて輝馬はそう心から思った。
(そうだ、俺は……。あんなに嫌な思いをさせられたのに、首藤からまだ一度も謝罪の言葉をもらっていない)
努力して変わった?無論それはそれでいい。
痩せて美しくなった?結構なことだ。
しかし高校時代のことをそれでなかったことにされたら困る。
自分を追い回して嫌な思いをさせたこと。
自分の高校生活に確かに影を落としてくれたこと。
きちんと彼女からの謝罪が欲しい。
「……こちらの謝罪はそれからだ……!」
輝馬は佐藤に言い放った。
すると、
『……まあ、その話については首藤と直接話してもらっていいんだけど……』
佐藤は困ったように言った。
『実はさ。さっきのワイプス、聞いてたんだよ。首藤も』
「は?」
『カメラの死角で、ずっとやり取りを見てたんだ』
「………え?」
輝馬は固まった。
首藤がやり取りを見ていた……?
じゃあ、ゲームも、あのイラストも観ていたというのか?
しかし逆に話は早い。
輝馬はワイプスを繋いだまま、清野が送ってきたゲーム画面を開いた。
ストーカー地獄アカリちゃんについて、クラスの反応が見れば、自分がいかに異常なことをしてきて、輝馬を含めたクラスメイト達にどんな印象を持たれていたかわかったはずだ。
「じゃあ、俺から話すから、悪いけど首藤に代わってくれるか?」
輝馬が言うと、佐藤は困ったように言った。
『それがさ。俺が通信を切ったと同時に、部屋を飛び出して行っちまって……』
佐藤はため息交じりに続けた。
『今、首藤のアパートに来てみたけど、いないんだよ』
「いない……?」
『そう。まさかとは思うけどさ、市川』
佐藤の声が低くなる。
『首藤、そっちに行ってないよな?』
輝馬はその言葉を最後まで聞かずにLAIN通話を切ると、部屋を飛び出した。
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照明をつけたまま家主がいなくなった部屋。
起動されたままのパソコン。
繋いだままのワイプス画面。
無人の部屋で、ピロンと通知音が鳴った。
【峰岸優実が入室しました】