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36 ◇なんだ、そんなことですか
「珠代、折角の和彦くんの好意は有難いとは思うが、私は賛成しかねる」
「珠代ちゃん、お母さんもちょっとね、喜べないわ」
珠代は想定外のことに非常に困惑した。
あんなに嫁に行け、行けと縁談を勧めていたくせに、なんなの。
だいたい、本人がその気になっている縁談を賛成できないと止めて
くるなんて。
涙目になっている珠代の代わりに兄の涼が両親に詰め寄る。
「父さんも母さんもおかしいですよ。
あんなに珠代に縁談を持ち掛けて家から嫁に出すことに積極的だったのに、
本人も好いている和彦くんからの求婚を反対するなんて。
何かちゃんとした理由でもあるのですか。
彼は性格もよいし真面目だし何より小さい頃から珠代のことを見ている人間で
す。
どこの誰とも分からない、珠代のことだってこれから知っていくという
ような男よりもずっと安心してまかせられるじゃあありませんか」
「和彦くんの人間性云々というより、経済的な問題だな。
このことはおおっぴらには言えんが、たまたま昨年の暮れだったかに懇意に
している銀行員に聞いた話では、稲岡商店はかなり危ないらしい。
そんな傾きかかっている家に嫁がせることは不憫でできんよ。
愛情だけではどうにもならないことがあるんだよ。
お金のことで必ず諍いできる。
すぐに出戻って来る姿が想像できるような家に娘を嫁がせるわけには
いかんよ」
「なんだ、そんなことですか。
もっと深刻な事情でもあるのかと思いましたよ。
それなら実に簡単に解決できますから、ぜひっ珠代を和彦くんの元に
送り出してやってください」