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朝の魔界城は、静かだった。
いつも通りの回廊。
いつも通りの庭。
なのに。
(……なんだろう)
セラフィナは、足を止めた。
風は同じ。
花も同じ。
けれど――
(見られてる)
視線。
それも、ひとつやふたつじゃない。
近衛の配置が、昨日より増えている。
廊下の曲がり角ごとに、誰かがいる。
「……クロウ」
自然と、名を呼んでいた。
「はい、姫君」
すぐに応じる声。
クロウ・フェルゼンは、いつもの半歩後ろ。
姿勢も、距離も、変わらない。
「……最近さ」
歩きながら、セラフィナは言う。
「人、増えてない?」
「はい」
即答だった。
「警備が、強化されております」
「……やっぱり」
セラフィナは、小さく息を吐く。
「私、何かした?」
「いいえ」
声は、静かで揺れがない。
「姫君は、何も」
それが逆に、引っかかった。
「……じゃあ、なんで?」
クロウは、一瞬だけ視線を伏せる。
ほんの、わずか。
「……姫君が」
言葉を選ぶ、短い沈黙。
「世界に、知られてしまったからです」
(知られた)
舞踏会の光景が、浮かぶ。
集まる視線。
止まらない囁き。
「……前から、知られてたよ」
「ええ」
クロウは、頷く。
「ですが“遠くから”でした」
「今は、違います」
「手を伸ばせば届く距離に、いらっしゃる」
その言葉に、胸がきゅっとした。
(……そっか)
「……私」
セラフィナは、立ち止まる。
「前と、何か変わった?」
クロウも、止まった。
「……変わっておりません」
「姫君は、姫君です」
少しだけ、声が低くなる。
「ですが」
「周囲が、変わりました」
「欲しがる者が、増えたのです」
欲しがる。
その言葉が、胸に残る。
「……私、物じゃない」
ぽつりと、言った。
「……はい」
クロウの声は、はっきりしていた。
「決して」
「だからこそ」
一歩、距離を詰める。
それでも、触れない。
「私は、剣を持ちます」
「奪われないために」
セラフィナは、クロウを見上げる。
「……クロウは」
「私が、どこにも行かないって思ってる?」
一瞬。
ほんの一瞬だけ。
クロウの瞳が、揺れた。
「……信じております」
「ですが」
「世界は、信じてくれません」
(……)
答えになっているようで、なっていない。
でも。
(嘘は、言ってない)
それだけは、わかった。
「……ねえ、クロウ」
「はい」
「私、怖がっていい?」
クロウは、迷わなかった。
「はい」
「怖がってください」
「そして」
「それでも前を向かれるなら」
「その隣に、私は立ちます」
その言葉に。
胸の奥の違和感が、少しだけ形を持った。
(……世界が、近い)
(近すぎる)
でも。
(私は、ひとりじゃない)
セラフィナは、ゆっくり歩き出す。
その半歩後ろで、クロウが歩く。
距離は、変わらない。
けれど。
見えない境界線が、
少しだけ、張りつめた。
――小さな違和感は。
嵐の、前触れだった。