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🐸『カエルが運ぶ恋』
第八話「すれ違う鼓動」
ヒットを打った日の夜、りなは、まるで自分のことのように喜んでいた。
キューが言った。
「いい顔してたな、健斗。あれは、君にしか見せない顔だ」
「……そう、かな」
「うん。だけどな、りな。今のお前、少し不安になってるだろ?」
「……なんでわかるの」
「俺を誰だと思ってるんだ。人の気持ちくらい、ぴょんって飛び越えて見えるさ」
りなは少し笑ったが、心の中にある“ざらつき”は隠せなかった。
翌日、小郷からの連絡はなかった。
仕事終わり、何度もスマホを開いたが通知はない。
(忙しいよね……またレギュラーに戻ったばかりだし)
わかっている。でも、昨日の夜、あんなに嬉しそうだったのに。
あれきり、何もないのは少し、さみしい。
その夜。りなの部屋で、キューがぽつりと言った。
「恋ってのは、いつだって“余白”が怖いんだよ。
でも、そこに言葉を詰めすぎると、息苦しくなる」
「じゃあ、どうしたらいいの?」
「待て。今は、信じて、待て」
その頃、小郷もまた夜の球場でひとり、素振りをしていた。
(やっと戻ってきた。絶対に、また落ちたくない)
疲れもあってか、スマホを見る余裕もなかった。
ハチが心配そうに小郷を見上げる。
「ハチ、お前もわかるんだろ?
……りな、ちょっと傷ついてるかな」
ハチはくぅんと鼻を鳴らす。
「でも、今は“野球”とちゃんと向き合いたい。
ちゃんと自分で立ち直って、胸張って、りなに会いたい」
その言葉に、ハチはそっと前足で小郷の足をぽんと触れた。
「……よし、がんばるか」
すれ違いは、ほんの少しずつ始まる。
でも、どこかで誰かがそっとつないでくれている。
それを、ふたりはまだ知らない。
夜、ハチとキューはそれぞれの飼い主のもとで、
そっと「大丈夫」と心でささやいていた。