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聖女マリアが決断を下した翌日、暁もまた事態を把握する。リナ率いる調査隊は自動車を用いて一気に南下。途中アーマーリザードの群れを発見するが討伐せずにその行動を監視。その結果ほとんどの群れが南に存在する密林から出てくることを掴んだのである。
事態を重く見たリナは直ぐ様調査を中断。信号弾を打ち上げて『ラドン平原』各地に分散する他の調査隊に警告を発し。そして速やかに黄昏へと帰還した。
リナは直接館に乗り付け、シャーリィの居る執務室へと駆け込み、調査結果を報告した。
「南に広がる密林?セレスティン、地図を」
「こちらに」
セレスティンは机に周辺の地図を広げ、暁幹部連がそれを取り囲む。
「南側の密林、これですか?」
シャーリィが指差した場所に皆が注目する。
「『ロウェルの森』かぁ……」
「なんだベルさん、知ってるのか?」
それを見てベルモンドが悩ましげな声を出し、それにルイスが反応する。
「『ラドン平原』を更に突っ切った未開の秘境だよ。これまでに少なくない数の冒険者なら探検家が調査に乗り込んだが、生還率は低いって話だ。強力な魔物が住み着いてるって噂もある」
「その森から群れが出てきているのですね?リナさん」
「はい、代表。間違いはありません」
「『ロウェルの森』……何処かで聞いたことがあるような……何だったかしら?」
考え込むマナミアにシャーリィが視線を向ける。
「マナミアさん、心当たりがあるのですか?」
「うーん……ダメね、長生きしてると物忘れが激しくなって困るわ。そこまで重要なことじゃなったと思うから気にしないで、主様」
困った笑みを浮かべながらマナミアは謝罪する。
「……そうなると、『ロウェルの森』にダンジョンがあってスタンピードを招いたと」
カテリナが地図を見つめる。
「そうなると厄介ですね。根本的な解決を図るなら、そのダンジョンを攻略しなければいけません」
同じく地図を見ながらエーリカが嫌そうな表情を浮かべる。ただでさえ危険な『ラドン平原』を南下して更に危険な森に侵入し、ダンジョンを探索して攻略する。
そのために必要な装備や時間、物資を考えると誰もが頭を抱えたくなる。
「とは言え、原因が分かっただけでもお手柄じゃないか。面倒は増えたけど、なにも分からなかった昨日までよりはマシさ」
エレノアが敢えて明るく発言する。
「その通りです。解決策があるならばそれを実行に移すだけです。マクベスさん」
「はっ」
「引き続き南側の防衛を強化してください。平行して遠征の準備もお願いします」
「心得ました」
「エーリカ」
「はい、お嬢様」
「自警団の指揮を任せます。現地の代表との交渉は既に済ませているので、安心してください」
「お任せください!」
「シスター」
「……どうしました?シャーリィ」
愛娘に呼ばれてカテリナは視線を向ける。
「今回も活躍を期待するしかありません。楽をさせてあげたいのですが」
「……人を年寄り扱いしないように。期待には答えましょう」
「期待しています。ラメルさん」
「なんだ?ボス」
「情報部には引き続き防諜と十五番街の調査をお願いします」
「任せてくれ、ボス。俺たちは荒事じゃ役に立てないからな」
「東方の言葉に曰く適材適所ですよ。得意分野で活躍していただければ十分です。ベル、ルイ、アスカは何時ものようにお願いします」
「お嬢のお守りだな」
「おう」
「……ん」
「ドルマンさん、建設は後回しにして武器の製造を最優先にお願いします」
「任せとけ、嬢ちゃん」
「マーサさん、色々入り用になりますよ」
「分かってるわ。それで、何を揃える?」
「食料は問題ありませんから、弾薬を仕入れてください。出来るだけ大量に必要です」
「この事態は『ライデン社』も把握しているはずよ。ここぞとばかりに売値を引き上げてくるわよ」
「構いません。この為の貯金なのですから」
「わかったわ。すぐに手配させる」
「リナさん達は引き続き『ロウェルの森』周辺を中心に捜索と監視をお願いします。交戦は出来るだけ避けて情報収集を優先してください」
「分かりました」
「さて……エレノアさん」
「おう、何でも言っておくれ」
「桟橋警備の人員を残して、『黄昏』防衛に付いてください。頼りにしています」
「任せときな!」
「では各自取りかかってください!」
その日の夜、アスカはいつものように建物の屋根に立ち、夜空を見上げていた。そろそろ寝ようかと考えていると、自分に近付く獣の匂いを感じとる。不思議そうにそちらへ視線を向けると、そこには犬の顔を持ち全身に体毛を持つ犬の獣人が居た。
「なんだ、同胞の匂いを探れば……成り損ないの半端者ではないか」
「……おじさん、誰?」
苦々しく口を開く獣人に、アスカは眠そうな視線を向けて問い掛ける。
「気安く話し掛けるな!成り損ないが!……いや、成り損ないでも壁程度には成るか」
いきなり怒鳴られて訳も分からず首をかしげる。
「小娘、我が一族の悲願を成就する日がやってきた。貴様も獣人の端くれならば、獣王の旗の下へ馳せ参じるのだ」
「……何を言ってるのか分からない」
「チッ!これだから成り損ないは!良いか?大事な戦いがあるのだ。貴様も参加しろと言っている。成り損ないと言えど家畜くらいの扱いはしてやる。いや、他にも使い道はあるか。光栄に思え」
アスカの幼い身体を見て下品な笑みを浮かべる獣人。アスカはそれを感じて後ろへ下がる。
「……嫌」
「嫌?嫌だと!?貴様!まさか断るつもりか!?」
「……知らない人にはついていかない。シャーリィも行かないし」
「チッ!人間に絆されたか。貴様は騙されているのだ。奴らは我等獣人を家畜としか認識しておらん!」
「……そんなことはない。だから行かない」
「そうか……成り損ないとは言え獣人の端くれならば大義を理解すると思っていたが……まあ良い。大義を理解しないものを加えても、まして成り損ないとなれば足手まといになるか」
「……」
アスカの警戒心が上がっていく。目の前の獣人の異質さに気付き始めたのだ。
「それなら仕方ないな。分かったよ、成り損ない。今の話は忘れろ。お前を誘おうなんて考えた俺がバカだった」
獣人は大きなため息を吐くと闇の中へと消えていった。
気配が完全に消えるまで警戒していたアスカだったが、獣人が居なくなると少しだけ力を抜く。
「大丈夫だった?アスカちゃん」
陰から観察していたリナが声をかける。
「……ん、変な人だった」
「知り合いじゃないんだね?代表に伝えておくわ。今日はもう休んで」
この小さな邂逅が後の大きな戦いへの布石となるとは誰も知らなかった。